音無くんは変わっている。いや、正確に言えば変わった趣味を持っていると言った方がいいのかもしれない。その趣味は私と音無くんだけの秘密で親や友達には内緒らしい。共通の秘密を持っているのかと思うと少しどきどきしてしまうけどその秘密の内容があまりロマンチックなものではないのでがっかりだ。まあそんなことはさておき、私としては音無くんが変わった趣味を持っていようが持っていまいが音無くんのことが大好きなのだけれど。





今日は音無くんとの久しぶりのデートだ。私は新しく買ったお気に入りのワンピースを着ることにした。靴もワンピースに合わせた色のものを選んだ。音無くんは女の私よりも服のセンスが良いから私のコーディネートもついつい気合いが入ってしまう。
いつもの待ち合わせ場所で待っていると私を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると思っていた通り音無くんだった。紺色の、男の子にしては少し長めの髪が太陽の光を浴びてきらきらしている。大きい瞳はたえず海を映しているかのように青い。街中にはいろんな人がいるけれど音無くんが一番輝いて見える、なんて思ってしまうのは私が音無くんのことが好きだからなのか、それとも音無くんにはもともとその魅力があるのだろうか。
「じゃあ行きましょうか」
「うん!」
私達は二人でショッピングをすることが多い。近くの大きなショッピングモールへ向かうと音無くんは3階に私を連れてきた。ちなみに3階は女の子が喜びそうな可愛い服が沢山売っているフロアだ。
「また買うの?音無くんの家ってお金持ちだね」
「実はこのお金は兄がくれたんです。僕はいらないって言ってるのに、兄がどうしてももらってほしいみたいだったから仕方なく…」
音無くんは困ったように眉を下げた。だけど貰ったお金でちゃっかり買い物をしてしまうところが音無くんらしい。
「今日はチュニックにしようかと思います!夢野先輩はどんな色が好きですか?」
「私は青色が好きだな」
「う〜ん、じゃあこのボーダーのはどうでしょうか?」
音無くんが指差したのは青と白のボーダーのチュニックで、ところどころにラメが使われていてさわやかな服だった。今日のように暑い日にぴったりで涼しそうな印象を受ける。
「それいいね!さすが音無くんは服を見る目がある」
「ありがとうございます、夢野先輩」
お互いに何気ない会話をしながらショッピングを続ける。遊園地の観覧車の頂上だとか花火大会の夜だとか特別なシチュエーションではないけれど二人でいるととても楽しい。でもそんな時間はあっという間に終わり、そろそろ帰ろうかというときに音無くんが言った。
「夢野先輩、今日僕の家に来ませんか?」
私には断る理由など無かったから二つ返事で音無くんの家に行くことにした。


音無くんの部屋はいつも電子機器やら洋服やらでごちゃごちゃになっている。だから物を踏まないようにそっと入ろうとしたのに止められてしまった。
「ちょっと部屋の前で待っててください」
にこりと笑った音無くんはショッピングのときよりも楽しそうだ。それがなぜだかは長年の付き合いで何となく予想がついている。数分後、入室許可を得た私は再度部屋に足を踏み入れた。
「じゃじゃんっ!どうでしょうか!?」
先程のチュニックにフリルがついた白いスカート、黒い二ーソックスが作り出しているそれは俗にいう絶対領域というものだろう。それを着ている音無くんはとってもとっても可愛かった。
「お、音無くん…すっごく可愛い!!」
「違います、今の私は音無春奈です!」
そう、そこにいたのは女装ネットアイドル音無春奈の姿だった。


「夢野せーんぱいっ!ね、私ってこんなに可愛く変身しちゃうんですよ!」
「うん、可愛い!可愛いから、この体制はちょっと…」
今の状況を説明すると、音無くんは仰向けになった私に馬乗りになっている。だけどいくら女装していていても相手は男の子なのだから恥ずかしい。
「可愛い私に可愛く迫られて、先輩は嬉しくないんですか?」
「嬉しくないわけないけど!!やっぱ…ねえ、恥ずかしい、でしょ…?」
音無くんは女装すると少し自意識過剰になってしまうけれどそこも含めてとっても可愛い。だから彼の言うように可愛く迫られてしまった私はさっきからずっと緊張している。
「もう…そもそも私が女装好きになったのは、女の子の格好になれば夢野先輩が恥ずかしがらないでもっとスキンシップしてくれるかなーって思ったからなのに!」
ぷいっと横を向いて口を尖らす音無くん。どうやらご機嫌を損ねてしまったようだ。だけどそれよりも、私のために女装していたということに驚いた。
「女装って、私のためだったの?」
「ええ、そうです。…まあ、途中から楽しくなってきちゃったのでネットアイドルもしているのですが」
……後半は聞かなかったことにする。
女装というのはちょっと変わっているかもしれない。だけどそれが私を思って出してくれた答えならば、それに応えなければいけないと思う。
「ねえ、春奈ちゃん」
「え?……うわあ!」
音無くんをぎゅっと引っ張って顔と顔を近付ける。
「…好きだよ」
唇は躊躇した。だから頬っぺたに口づけを一つ。
「夢野せん…ぱい……!」
赤い顔をして呆然としていた音無くんだったが、我に返ったように笑顔を見せた。
「もう、そんな可愛いことされたら歯止めが利かなくなっちゃうかもしれませんよ?」
「え……!?」
嫌な予感がしたけれど既に時遅し。私を押し倒した音無くんは不敵に囁いた。
「覚悟しておいてくださいね、夢子先輩」






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