私は毎日電車で学校に通っている。帰りの電車は決まっていないけれど、行きはいつも同じ電車で同じ車両に乗る。その理由は、ただ単に登校時間に合わせているだけではない。会いたい人がいるからだ。
彼は今日もあの座席に座っている。たまに寝ている時もあるけれど大抵の場合は読書や勉強をしていて、今日は読書をしていた。名前や学校は知らない。勿論性格も知らない。だけどその身のこなしや表情を見る限り、彼はきっと優しくて真面目な人だ。だから私は気になってしまって、いつも教科書を開き横目で彼を見ていた。
そんなある日のことだった。今日は部活がないから帰ろうとしていた放課後に、春奈とリカに話し掛けられた。
「夢子ちゃん今日部活ないよね?」
「うん、ないけど…どうしたの?」
目を輝かせて私に詰め寄る二人に驚きながら返事を返す。何だかとてつもなく嫌な予感がする。
「実はな、もうすぐグラウンドで姉妹校とのサッカー試合をするんや!!!夢子も来るやろ?」
「サッカー!?あんまりルール知らないんだよね…。それにスポーツ観戦って苦手かも」
運動神経が悪い私は小さい頃からスポーツが嫌いだった。そのためスポーツには悪い印象がついてしまいスポーツ観戦も嫌いになってしまった。
しかし二人とも最後に小さく言った一言には気づかなかったらしい。私をぐいぐいグラウンドの方へ引っ張りながら次々と話す。
「サッカーはルールなんて知らなくても楽しめるんだよ!」
「な、イケメンもいるかもしれへんし、見よ?」
「うーん……そこまで言うなら仕方ない、私も見に行くよ!!」
二人があらかじめ確保していた席は、選手の顔がよく見えるほど近かった。だから選手達の熱い闘志のようなものが伝わってくる気がした。そして試合開始後、私はスポーツ観戦が嫌いだったはずなのに気付けば大きな声で応援していた。こんなに一生懸命な気持ちになったのは久しぶりだと思う。
「春奈ちゃん、リカ、サッカーって…見てるだけでも楽しいスポーツなんだね!!誘ってくれてありがとう」
「夢子にもサッカーの楽しさが伝わったみたいやな!…ん?相手チームはFWを交代するらしいで」
そう言われて相手チームを見た私はとても驚いた。なぜならその顔に見覚えがあったから。
「えっ…あの人?ほ、本当に!?」
「夢子ちゃん知ってるの?」
「いや、知ってるというか、見たことがあるってだけなんだけど…」
そう、フィールドに立ったのは毎朝電車で会う彼だった。朝に見る柔らかな表情ではなく張り詰めた表情に何故だか胸が高鳴った。
それから試合の残り時間はずっと、名前も知らない彼を無我夢中で応援し続けた。結果は同点。だけど両チームとも晴れやかな笑顔で互いに握手をした。全力投球で勝負をした彼らだからこその表情なんだ、と思った。
「ところで夢子ちゃん、試合中に熱心に応援してた彼とはどんな関係?」
「!!」
「一目惚れしてもうたとちゃう?」
「ち、違う!前から…」
「「前から?」」
「うっ…」
つい口に出してしまった言葉のせいで私は彼との関係を二人に話すことになった。とは言っても私と彼は特別な関係でも何でもなく、ただの片想いだ。
「そんなら、控室行ってメアド交換してアタックしてカップル成立や!!」
「私の調べたデータによると彼の名前は基山ヒロトって言うらしいよ!!」
「待って、二人とも落ち着いて!」
それから沢山のアドバイスをされたけど結局私は何もしなかった。恥ずかしかったからでもあるし、近くて遠いこの距離が私にはぴったりだと思ったから。

翌日私はまたいつもの電車に乗った。彼はやはり平然と席に座っている。実は応援席にいた私のことを覚えていて話し掛けてくれる、なんて考えをしてしまう自分に呆れてしまう。そんなものは少女漫画の中だけの奇跡であって、平々凡々なこの私の日常生活では到底有り得ないことなのに。
だけど彼は、有り得ないことのはずだったのに顔を上げ私に言った。
「昨日の応援ありがとう」
「なんで…私のことを…?」
「だって、誰よりも応援してくれていたから、嬉しかったんだ」
彼は私に笑顔をみせてくれた。人を笑顔にできたのだから少しでも彼の役に立てたのかもしれない。それが分かると何故だか私まで嬉しくなった。







赤い実はじけた。






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