数日前―――

「基山さん、ちょっといい?」
授業が終わり鞄に教科書を詰めていたところ、クラスメイトに話し掛けられた。意志の強そうな大きい瞳と紺色の髪に映える赤い眼鏡。音無さんだ。
「どうしたの」
努めて女の子らしく首を傾げてみたのだが……嫌そうな顔をされてしまった。
「いいから鞄を持ってこっちに来てよ!」
小声で耳打ちされると、腕を掴まれて無理矢理に引っ張られた。

連れてこられたのは学園内にある大きな植物園。足を踏み入れた途端に独特の匂いが身体を包む。学校の森では育ちにくい植物を置いているのか見たことがないものばかりだ。
生物の授業を受けていないからここには今まで入ったことはなく、どのような構造になっているかは分からない。音無さんは何度か出入りしているのだろう。慣れた足取りで細い道を進んでゆき、開けた場所にあるベンチに座った。俺は距離をおいて向かいのベンチに座る。
「さて、基山さん。あなたのことを少し調べたの」
冷や汗が背中を伝った。
「でも、いくら調べてもあなたに関する情報はごまかされている。だから仕方なくある人に頼んでみたら、色々と分かっちゃった」
にこっと笑ってウィンクする音無さんに苦笑いを返した。まずい。"ある人"が鬼道財閥の関係者ならその情報は確実だ…。
「それで…わたしの何が分かったの?」
「吉良ヒロトが海外で亡くなり、その代わりとして吉良財閥の後継者とされたけれど、吉良ヒロトが生きていることが判明し彼が帰国したため、吉良ヒロトではいられなくなった――基山くんでしょう?」
「……」
全てがその通りだった。
鬼道財閥の情報収集能力は並じゃない。ここで言い逃れをしたところで、事実を知られてしまったことに変わりはない。しかし、あまり親しくない彼女の前でそれを肯定するのには躊躇いがあった。
俺が黙り込んでいると彼女は口を開いた。
「……ご、誤解はしないで。私は基山くんを責めたいわけじゃない。ただ、夢子ちゃんの味方ってだけだよ」
その名前が出てきたことで顔を上げる。彼女の目は大きく開かれ、潤んでいた。
「友達だから。私は夢子ちゃんの友達だから、守りたい。……夢子ちゃんはね、小さい頃に酷い事をされて沢山傷ついて、今も心にその傷が残っていて……男の子が怖いのよ…!」

『折角来てくれたのにごめんなさいね。男の子が怖い、って言って聞かないから……』
ぼんやりと、昔にもそう言われたことを思い出した。

瞬間に蘇る記憶。夏の赤い太陽。蝉の声。幼い悲鳴。兄の後ろ姿。逃げ出した自分。そして、少女の笑顔。その表情が夢野さんと重なる。
もしかして俺は幼い頃の彼女を知っているのかもしれない。流れ込んでくる記憶にそれは確信へと変わっていった。彼女を初めて見たときに懐かしさを覚えたのは、彼女に秘密を明かしてしまったのは、きっと、この記憶が心のどこかにあったからだ…。
「…音無さん、君の調べた通りだよ。全て認める。だから、聞いてほしいことがあるんだ――」




俺の話を聞き終わった音無さんは、俯いてベンチの縁を指でなぞった。
暫し沈黙。どこからか入った蝶が鞄に止まりぱたぱたと羽を揺らした。
「基山くん、それはまだ、夢子ちゃんに言わないで」
「もちろん」
「……でも、どうして私に話してくれたの?」
「音無さんなら夢野さんのためになれると思ったんだ。だって、俺のせいで男性恐怖症が悪化してしまうこともあるでしょ?」
残念ながら俺が夢野さんの力になれる確率は低い。
男性恐怖症だなんて知らないで彼女にあんなことをして。ますます症状が酷くなってしまったかもしれないのだから。
「そうだけど……。私は夢子ちゃんの男性恐怖症を少しでも軽くしてあげたらな、って思ってる。だからそのためにも基山くんにも協力してほしい」
「できれば俺もそうしたいんだ。でも、」
合わせる顔が無い、というか。申し訳なさでいっぱいだった。


不意に音無さんが明るく言い放った。
「基山くん。そんなときには、心から気持ちを込めて謝ればいいんだよ!それから、笑顔。笑顔ってすごいの。伝えたいことがすぐ伝わってくれるから、ね!……と、まあ、これは夢子ちゃんの受け売りなんだけれど」
そうして彼女ははにかんだ。
「私が悩みを抱えていたときに笑顔で励ましてくれたのが夢子ちゃん。今度は、今度こそは私が支えたいの」


そうして彼女に励まさた俺は、夢野さんとコンタクトを取ってみることにしたのだった。



窓越しテレパシー



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