基山さんと会うことになった私は、そのことばかりが気になって、何にも集中することができなかった。休み時間も終始放心状態だったらしく、友達には何かあったのかと心配されてしまったほどだ。ただクラスメイトと会うだけだ、と思えばどうということではないはずだけれど……やっぱり、怖い。





私は約束の時間により少し早くロビーに来ていた。緊張を和らげるために自販機でジュースを買い、けれど飲もうという気にはならず行ったり来たりを繰り返す。
その時、扉を開く音が聞こえた。
「遅くなってごめんなさい」
「い、いえ……」
掠れた声が頼りなさげに響く。血の気が引いたみたいに頭がふらふらして、拒絶反応を示す。何も会話せずに、このまま帰ってしまおうか。背中を向けてしまおうか。そんな考えさえ頭を過ぎった。
「じゃあ、座りましょう」
しかし私は基山さんに促されて、テーブルに向かってある焦茶色のソファに座った。
「この前……、いきなりあんな事をして、驚かせてしまってごめんなさい」
「…、う、うん。……大丈夫!す、少し驚いただけだから。全然、気にしてないよ!!」引き攣りそうになる口の端を思いっきり上げて笑顔をつくった。


「――気にしてないわけないよね」
「えっ…?」
肩が跳ねる。それはいつもとは違う凛とした声色だった。
「俺には、そうやって嘘をつかないで」
「っ……、だって、………」
「本当のことを言われないのはいやだ。特に、君には」
真っ直ぐな瞳と力強い存在感、そして物怖じしない態度に押されてしまう。可愛らしい黒いワンピースを着こなしている基山さんだけれど、彼女は紛れもなく"彼"だと感じた。
ぎゅっとジュースの缶を握り、次の言葉を身構える。しかし、そんな私とは反対に彼が発した声は柔らかかった。
「…だから俺も夢野さんには嘘をつきたくないと思って、本当のことを明かしたんだよ」
そうして基山くんは微笑んだ。それがあまりにも優しいものだったから、心臓が跳びはねたみたいに動悸が早くなる。それを悟られないように、視線を下に向けた。
男の子もこんな笑顔を見せるなんて。それとも、基山くんだから?
「どうして、私なの?」
「それは………。……、思い出したんだ」
そうして基山くんはどこか遠くを見つめた。よく聞こえなくて、けれど聞き返そうとする前に彼が口を開く。
「ああ、もうこんな時間だね」
時計を見ると、消灯時間まで残り10分となっていた。消灯時間までに部屋へ入っていないと罰則を受けることになってしまう。
「でも私、まだ、き、聞きたいこと、が…」
上手く話せない私のせいでもあるけど、今日はなんだかすっきりしないままだ。
「じゃあ、明日またこの時間に会おう?」
「わ、分かった」
基山くんは駆け足で扉の方へ行ったかと思うと、突然振り返った。赤い後ろ髪がふわりと揺れる。
「夢野さん、今日はありがとう」
飛び切りの笑顔で私に告げて、返事も待たないまま彼はロビーを出ていった。



あなたから零れたプレリュード



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