小指から幸福

「…梓、これは何かな?」

左手の小指に突然はめられたピンキーリングにそう尋ねると、梓はキョトンとした表情でさらりと言った

「え?先輩がこの間、ピンキーリングが欲しいって言ったんじゃないですか。」

うん、確かに言った。そうだったね。





「そりゃ言ったけど、別に買ってなんて言ってないじゃん。次のバイト代で買うつもりだったのに…。」

「デザイン、気に入りませんでした?」

「とっても私好みだけど!というかどうしてサイズぴったりなの!?」

「やだなぁ。僕が先輩のことで知らないことがあるわけないじゃないですか。」

「怖い怖い!」

冗談です、夜久先輩に聞きました。と言われて少し納得する
でも梓なら本当に何でも知ってそうで冗談に聞こえない

「大学ならずっと付けてても平気ですよね?良かったら付けてて下さい。」

「でも悪いよ、こんな…。」

「僕が頑張って可愛いお店に一人で行って選んだのに、先輩は付けてくれないんですか…?あーぁ、ショックだなぁ。」

「ず、狡いからね、それ。」

そんなことを言われると、遠慮することの方が躊躇われてしまう
でも年下(それも高校生)に買わせてしまうなんて、嬉しい気持ちよりも申し訳なさが勝ってしまう
そんな私の気持ちを察したのか、梓が少し眉を下げて笑う

「先輩、ピンキーリングが欲しいって言ったとき、『幸福は右手の小指から入って、左手の小指から出ていくから、幸福を留めておくために左手にピンキーリングを付ける』って教えてくれましたよね。」

「え?あ、うん。」

「僕、それを聞いてこれをプレゼントしたくなったんです。」

そっとピンキーリングを優しくなぞり、梓がアメジストの瞳を優しく細めた


「貴女に幸福を与えるのは僕です。僕が与えた幸福を、僕があげた指輪で、貴女の中に留めておきたかった。」


「、」






「貴女の全てが、全部僕色に染まった幸福で満たされるように――…ね?」






見惚れるような微笑みで、私を甘やかす

なんて狡い恋人なんだろう、彼は

指輪をなぞっていた指先に、そっと自分のそれを絡めながら、唇を尖らせる

「ほんっと、憎ったらしいくらいにキザだね梓は。」

「そんな僕のことが好きなんでしょ?」

いつもなら、調子に乗るなって言い返すけれど


今日はちょっとだけ、素直になっても良いかな


少しだけ背伸びをして、梓の耳元にそっと唇を寄せる





「――――大好き、」







溢れる幸福を、キミにもおすそわけ。







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