「梓くん、教室に居るかな?」

いつもより賑わう廊下を歩きながら、手に持った小さな袋を見て少し笑う
文化祭まであと少し
どの学科も準備の追い込みで大忙しだった
そんな中作るお菓子も決まり試作品も作り終えた私は、そのいくつかをくすねて「恋人」のところへと向かっていた



(にしても、一人で廊下歩くなんて久しぶり…。気をつけないと…。)

最近は本当に梓くんと四六時中居たので、少し隣が寂しいな、なんて思ってしまう
梓くんは思っていた以上にマメな彼氏で、彼女である私は正直立つ瀬がない
繋ぐ手がいつも、私を守ってくれているのだと思うと、何故か少し胸がざわつく

(何故か、じゃないか…。)

本当はこの感情が何かを、私は知っているけれど――




「お姫様が一人なんて、久しぶりだね。」

「ひゃっ!?……み、水嶋、先生か…。」

「ちょっと、何その反応。傷つくなぁ。」

「じゃぁいきなり背後から肩掴まないで下さいよ。寿命縮まっちゃいます…。」

繊細なお姫様だね、なんて厭味を言いながら水嶋先生が辺りを見渡す

「今日は可愛い騎士は居ないの?」

「それ殴られますよ、水嶋先生。梓くんはかっこいいです。そして今から会いに行くところです。」

「へぇ?それはお土産?」

「あ!ダメですよっ?食べたかったら文化祭で買って下さい!」

獲物を狙うみたいに手の中の袋を見られ、思わずそれを身体の後ろに隠す
そんな私をじっと見つめ、水嶋先生はねぇ、と口を開いた

「本当に木ノ瀬くんと付き合ってるの?」

「え?…そうですけど。」

「嘘だね。」

「は、」

唐突に紡がれた言葉に、目を見開く




「和ちゃん、恋をしてる瞳じゃないよ。」




言い切られた、言葉
何てことを言うんだ、この人は
こんな廊下で、周りに人もいるこの状況で
早く否定しないと、怪しまれてしまう
そう思うのに、上手に言葉が出て来ない

立ち尽くす私に、水嶋先生が小さく溜め息を吐いた

「そんな風に突っ立ってたら、ぶつかるよ?」

優しく、肩を抱かれ他の通行人から守られる
その瞬間、世界が揺れた

「…っ、」





「――水嶋先生、僕の彼女に気軽に触らないで下さい。」





ぐいっと。

水嶋先生の手を払った手が、私を抱き寄せた
聞き慣れた声がすぐ耳元で、目の前の人を牽制する

「あ…ずさ、くん…」

「…ダメですよ、和先輩。一人で出歩いたら、悪い虫が付きます。」

柔らかく
私を安心させるような温かい色をアメジストの瞳に湛え、笑いかける
肩に触れた温もりに、胸が締め付けられた

「…ちょっと。もしかしなくても僕が悪い虫なわけ?」

「嫌だな水嶋先生。僕は水嶋先生の名前なんて言ってないじゃないですか。それとも、悪い虫だと言う自覚でもあるんですか?」

「あ、梓くん。どうどう…。」

喧嘩腰すぎる、とにっこり笑顔の梓くんを窘めると、水嶋先生が肩を竦めてみせた

「和ちゃん。」

「へ?あぁ!?」

「え?」

ひょいっとあざやかに手に持っていた袋を奪った水嶋先生が、意地悪く口角を上げた

「慰謝料は、これで許してあげる。精々可愛い騎士くんと仲良くするんだよ。」

梓くんに負けない笑顔でそれだけ言い残した水嶋先生に、今度会ったらあのもじゃもじゃ、より一層めちゃくちゃにしてやる…!と固く決意する

「和先輩?あれ、何だったんですか?」

「クッキー。梓くんにあげようと思ってわざわざ持って来たのに…。」

「…それで、一人で?」

「う。ごめんなさい。」

あれだけ一人になるなと言われたのに、わざわざ守ってくれている梓くんに申し訳なくて反省する
すると、梓くんはしょうがない人ですね、と眉を下げて笑い、小さくデコピンでお仕置きされた

「っ、」

「とりあえず、今日はこれで許してあげます。でも和先輩、文化祭当日はこんなことダメですよ?他校の男子だって来ますし、くれぐれも一人にならないでくださいね。」

「…うん。」

叩かれたおでこを押さえながら、梓くんの注意をよく聞く

「僕が一緒に居られない時は、最悪宮地先輩とか犬飼先輩とかの近くに居て下さい。それから、必ず携帯電話は持ち歩くこと。良いですね?」

「ふっ。梓くん、何だか錫也くんみたい。心配しすぎだよ。」

「それは……遠回しに母親みたいって言われてる気がするんですけど?」

「え?あ、違う違う!」

「どっちにしろ、恋人の前で他の男の名前を出してそんな可愛い顔しないで下さい。今は、僕のことだけを考える時間です。」

ぎゅ、と今日初めて手が繋がれ、その温もりに色んな感情が込み上げる
少し筋張った、それでも綺麗な、男の子の手




「…本当に、かっこいい彼氏だね。梓くん。」




緩くその手を握り返しながら呟けば、一瞬きょとんとした梓くんがそれなら良かった、と紡ぐ

「そう思って貰えるなら、頑張ってる甲斐ありますね。」

「えぇ?頑張ってるの?」

「当然です。和先輩には格好良く見られたいですから。」

「…そんなことしなくても、格好良いよ。」



そう返せば、梓くんは嬉しそうに微笑むから、胸が、少し締め付けられた





この気持ちの正体を





どうかまだ、私に教えないで





(じゃぁ水嶋先生には翼の実験台になってもらいましょうか。)(死ぬんじゃないかな?それ。)


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