「…何それ?」
「宇宙食です。僕ら宇宙科はこの食事に慣れる為に昼食は宇宙食って課題なんです。」
「え!?」
昨日と打って変わって晴れやかな秋晴れの午後
「和先輩、お昼食べましょう」と笑顔で神話科の教室に現れた梓くんに、クラスがざわめいたのは記憶に新しい
「そっか…宇宙科はそんなシステムがあるんだね…」
知らなかった、と呟き、自分のお弁当を口に入れる
「先輩?どうかしました?」
「え?何が?」
「眉間にシワ。宮地先輩みたいになっちゃいますよ?」
むむむ、と悩んでいたのが顔に出てしまっていたのだろう
指摘された眉間を押さえながら、梓くん、と呼び掛けた
「彼女って、何したら良いと思う?」
「…何、ですか?」
「色々午前中考えてたんだけどね?あ、お弁当作るのとか彼女かな!?って思ったんだけど…今それが課題に打ち砕かれちゃったからさ…。」
残念、と少し怨みがましく宇宙食を見れば、その上から笑い声が漏れた
「ふっ。あはは!先輩、可愛いですね。」
「え?何で笑うのっ?」
そんなに面白いことを言った覚えはない
というか、笑った梓くんの方がよっぽど可愛い
「はー、すみません。でも先輩、別に彼女だからって何かしなくちゃいけないってことはないんですよ?」
「うーん、そうなんだろうけど…」
「それに、僕達はそんなにも構えなくても良い仲じゃないですか。」
「そう?ほぼ初対面なんだから、逆に緊張するし気にしちゃうんだけどなぁ、私。」
「そうですか?僕は夜久先輩から和先輩のこと聞いてたんで、あんまり初めてって感じしてませんけど。」
あと犬飼先輩からも色々、と言われ、顔が引き攣る
「……何を聞いたの?」
月子と犬飼経由
その時点で嫌な予感しかしなかったけど、恐る恐る聞いてみた
すると梓くんは宇宙食片手に斜め上を見上げて考える仕草をした
「そうですね…。宮地先輩と食堂のラスト1個のロールケーキを賭けてあっちむいてホイして一発で勝ったとか、授業中居眠りしてて起こした陽日先生を弟と間違えて抱きしめたとか――」
「きゃあぁぁぁ!止めてもういい忘れて!というかそんな話で親しくなった気にならないでー!!」
「あはは、可愛いじゃないですか。僕それで興味持ったんですよ?」
「そんな興味の持ち方嬉しくない…!」
月子の馬鹿、犬飼叩く、と羞恥で顔を俯かせて呟くけど、すぐ隣から梓くんの楽しそうに笑う声に恥ずかしさは増す一方だった
なんだか悔しくて無言でご飯を食べはじめた私に、梓くんは困ったように眉を下げた(それでも顔は笑ったままだ)
「せーんぱい、拗ねちゃいました?」
「拗ねてなんかないよ…。」
「というか、さっきの話からするとそのお弁当も、和先輩の手作りですか?」
「うん。職員寮の方はキッチンあるから、よく使わせてもらってるんだ。」
「良いですね。こんな課題なかったら、迷わずお弁当おねだりしてましたよ。」
お弁当を覗き込む姿は年相応の少年みたいに無邪気で、それなのに話術が長けているそのギャップにいっそ感心してしまった
いつの間にか、梓くんのペースに巻き込まれてしまっている
でもそれがなんだか心地好くて、ついつい笑みが零れる
「そんな大したもの作れてないよ?」
「和先輩が作ってくれるってだけで価値は上がるんですよ。」
「キミはさらりと恥ずかしいこと言うね…。…どれか食べる?」
「本当ですか?じゃぁ、卵焼きもらっても良いですか?」
「良いよー。はい、…あ、」
ひょい、と卵焼きを持ち上げて、気が付く
(しまった、今私は月子相手にしてるんじゃない!)
よく月子もお弁当のおかずをきらきらした目で見つめてくる
だからいつも食べさせてあげていたから、ついいつものように「あ〜ん」のポーズをしたけれど目の前にいるのはほぼ初対面の男の子
きょとんとした目で見つめられ、かあぁ、と頬が熱くなるのが自分でもわかった
「ご、ごめん!月子によくやってるから…、っ!」
慌てて遠ざけようとした手を、そっと包み込まれる
そして梓くんは私の手からぱくりと卵焼きを頬張った
もぐもぐと食べながら、ふふ、と笑う音がする
「和先輩、ちゃんとわかってるじゃないですか。」
「へ?」
「彼女のやること、ですね。」
(う、わぁ…っ)
今まで食べた卵焼きの中で、一番美味しいです。なんて笑顔と一緒に言うから
その後のお弁当の味がドキドキし過ぎてよくわからなかったのは、梓くんには内緒だ
(間接キスに気付いたのは、食べ終わってから。)
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