始まりは、雨の日の体育館倉庫
真っ暗な世界だった



「ちょっと、放して!」

「うっせぇな、すぐ終わるよ。」

「いっ!」

埃っぽい、きっとマットの上に投げ出された
目隠しをされて訳のわからない私の耳には、三人くらいの男子の声だけが聞こえる

「こんなことして、どうなるかわかってるの!?」

「だから目隠ししてんだよ。俺らお前と関わりねぇから、声だけじゃわかんないだろ?」

「っ、最低…!」

「本当は夜久でも良かったんだけど、あいつ騎士がいつもいるからな。」

「ま、一人でふらふら歩いてた朝霞が悪いんだよ。」

「ふざけないで!ちょっ、…!!」

これが月子じゃなくて良かった
けれど、私だってそんな理由でこんな目に遭わなきゃならないなんて、ふざけている
必死にもがいても力では全然敵わなくて、首筋に触れた手にぞわっとした


怖い

やだ やだ

誰か



助けて…!



「やめて…!!!」



――ガンッ!!



鈍い金属音が響き、一瞬静寂が訪れる
そして、響いたのは綺麗なアルトの声



「何してるんですか、先輩方。」



「お前…!」

「何でこんなところにいんだよ!」

聞いたことのない、声だった
でもその声に反応して、男子の手が離れていく
そして相手が、小さく溜め息を吐いたのがわかる

「もう一度聞きます。こんなところで、その人に――何をしてるんですか。」

低く、地を這うみたいに紡がれた言葉
声だけなのに、どちらが強者か理解させられた
それを男子も感じ取ったのか、怯んだのが空気でわかる

「っ、冗談だよ冗談!ちょっと遊んでただけだ!!」

「どけよ!行くぞ!!」

バタバタと慌てたように駆けていく音がして、やがて彼らの声は聞こえなくなった

「……大丈夫ですか?朝霞先輩。」

助けてくれた相手が、ゆっくりと近付いてくる
先輩、ということは、彼は一年生なのだろう
不意に頭に手が触れ、身体が震えてしまった

「ご、ごめんなさい…、」

「いいえ。僕こそ何も言わず不用意に触ってしまって、すみません。目隠しを取るだけですから、怖がらないでください。」

優しく優しく、紡がれる言葉と触れる温もり
さっき男子に触られた時のような嫌悪感はなく、ようやく息が出来たような心地になる
はらりと目隠しが取られ、世界に光が戻った
眩しさに何回か目を瞬かせ、ようやく助けてくれた彼を認識した

「…木ノ瀬、くん。」

「こうやって話すのは、初めてですね。」

初めまして、先輩。と
どこか場違いに挨拶をされても、私はびっくりして目を丸くするだけだ
月子から話を聞いたことくらいしかなかった木ノ瀬くんは、そんな私に気付いていないのか言葉を続ける

「何かされませんでした?痛いところとかありませんか?星月先生、呼んできましょうか?」

「あ、ううん…大丈夫。木ノ瀬くんが、助けてくれたから…、木ノ瀬くんは、大丈夫?」

「え?…あぁ、大丈夫ですよ。聞こえてたでしょう?あの人達すぐに逃げちゃいましたから。それより、本当に平気ですか?こんな震えてるじゃないですか。」

かたかた、と
そこでようやく、自分が震えていることに気が付いた
何もおかしくはないのに、そんな自分に力無い笑みが浮かぶ

「気が抜けちゃって…。…本当に、突き飛ばされて、なんか、一人で居るのが悪いんだーとか言われたくらいで……」

そんな
そんな理由で、こんな思いをしなきゃならないなんて
怖い
また一人になったら、またこんなことが起きるのだろうか?
収まらない震えをどうにかしたくて、手を手で抑える




―――こわい




「朝霞先輩、」




ふわり
手の上に、温もりが重なる
驚きに顔を上げると、木ノ瀬くんが安心させるような笑みでこちらを見ていた
そして、ゆっくりと口を開いた





「朝霞先輩、僕の彼女になりませんか?」





「……え、」






思えばこの始まりが、間違いだったんだ





(優しく重ねられた温もりに、いつしか震えは止まっていた)




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