水嶋先生は、私の幸せな終わりを望んでくれた
でも私はそれ以上に望んだの

梓くんの、幸せな未来を




やんわりと、けれど確かな力で梓くんの身体を押し返す

「…ありがとう。」

「え?」

「本当に、私のこと守ってくれて。」

「…和先輩?」

「…もう、良いよ。」

「、」

「梓くん、もう終わりにしよう?」

好きな人と一緒に歩けば、その恋はうまくいく

そんなジンクスまであるような場所で、まさか別れ話をする日が来るなんて
別れ話、なんて単語、使うことすら痴がましい
私達は、何一つ始まってなんていなかったんだから

「…随分、唐突なんですね。僕、何かしましたか?」

何かを探るみたいに、ゆっくりと梓くんが訊いてくる

「ううん。梓くんが嫌になったんじゃないよ。いつもいつも、私の手を握って、安心させてくれて……本当に、嬉しかった。」

梓くんの顔を見るなんて、とてもじゃないけど出来なかった
でも一言一言、大事に紡ぐ
私がどれだけ幸福だったか、嬉しかったか、伝わるように

「……あの日、助けてくれて、本当にありがとう。」

「和先輩、僕のことを考えて言ってくれているなら、そんな遠慮しないで下さい。正直、先輩が一人でこの学園を歩く方が僕は心配で気が休まりませんよ。」

「あはは、ありがとう。でも…それだけじゃ、ないから。」

「え?」






「好きな人が、出来たの。」





小さく紡いだそれに、梓くんが僅かに息を飲む音がした

「梓くん、最初に言ったよね。お互いに好きな人が出来たら、この関係は終わりだって。」

「和先輩…」

梓くんが、私が梓くんに気を使ってる、なんて理由で私の手を離すなんてないってわかっていた
だからこそ、一番有効な言葉を紡ぐ

何一つ、嘘なんてない言葉を

いつもかっこよくて、優しくて

笑うとほんの少し、可愛い

意外と大きくて骨張った手は温かくて、時々遊ぶみたいに私の指先を撫でたりする

からかい口調で私に甘い言葉を言う癖に、私が笑い返せば自分も目元を赤らめる、梓くん



好きで好きで、とても大切な人



だから、これ以上こんな間違った関係を続けていたくない



「だから――」

「嘘です。」

凛と、声が響いた








「先輩が他の誰かを好きなんて、嘘でしょう?もしも誰かを好きだと言うなら――それは僕です。」








「……っ!」

躊躇うことなく、梓くんが言うから
心がぐらつく
涙が零れそうになる
けれど、ぎりぎりのところでどうにか留まり、ゆるゆると首を横に振る

「ちがう…ちがうよ、梓くん。」

「…本当に?」

これ以上言葉を紡げば、何もかもが零れてしまいそうで、口を開けない
梓くんの問い掛けに小さく頷いて、答えた
けれど、彼はそれでは許してはくれなかった

「じゃぁ、僕を見てちゃんと言って下さい。」

ぐいっと、両の手で頬を包み込まれ、上を向かされる
鮮やかなアメジストの瞳が、いつも以上の真剣な色を湛えていた

「ぁ、」

「もしそれが本当だと言うんなら、僕の瞳を見てもう一度、同じことを言ってみて下さい。」

逸らすことも叶わないくらいに、視線に捕らえられる
それなのに頬を包む温もりが、怖いくらいに優しくて
ダメなのに
これは、言っちゃいけないのに





「……和先輩。」





壊れ物を慈しむみたいな、声が
心の内側を震わせるから
自分の感情をもうどうすることも出来なくて、気が付けば梓くんの指先を濡らしていた






「……すき、」






「、」

「すき、梓くんが、すきです。…ごめん、ごめんね…っ。」

あとからあとから
溢れてしまった本心は止められなくて、それでもこの気持ちが罪悪感を引き起こして、謝ることしか出来ない

「ごめんなさい、あずさくん…っ!」

「…和先輩、何で謝るんですか?」

「だって…、…っ!」

頬を伝う涙を拭ってくれた後、温もりが離れる
けれど次の瞬間、身体全部が温もりに包まれていた
そして耳元でいつもより低く、甘く、梓くんの声が響いた

「僕今、凄く嬉しいんですよ?…謝るくらいなら、好きって言ってください。」

「、」

「僕の名前を呼んで、僕のことが好きだって。…言ってください、何度でも…。」

やめて
そんな声で、そんな嬉しそうに、言わないで
縋り付いてしまう
紡いでしまう
もう、後戻りなんて出来なくなると、わかっていても



「すき…好きだよ、梓くん。」




もう二度と、離れることなんて出来ない





甘く、痺れる指先で

彼の背中を抱きしめた





(何度紡いだって、きっと足りない)




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