楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいお互い仕事の交代時間がきてしまった
梓くんと一旦別れてクッキーやらマフィンやらを大量に作って午後を終えたのだが


「わりぃ朝霞。」

「え?」

「いや〜、なんか今日めちゃくちゃ売れてさぁ、まぁ簡単に言えば、明日のクッキーのストックもうねぇんだわ。」

「え!?」

あれだけ作り置きしていたクッキーがもうないなんて
驚いて犬飼を見れば、とても良い笑顔で笑われる

「つーわけで、お前この後木ノ瀬とデートはなし!!」

「えぇ!?」

「俺らも手伝うからよ〜。目指すは飲食部門一位の学食タダ券だ!打倒東月、お前ならやれる!」

「じゃぁ犬飼が言ってよ!梓くんただでさえさっきちょっと拗ねちゃってたんだから!!」

「え、マジで!?お前何したわけ!?」

「…水嶋先生と話してて、梓くんがストラックアウトノーミスで決めた勇姿を見てなかった…。」

「お前……」

それは自業自得だ、と呆れたように犬飼に断言されてしまった
ごもっともです。

と、いうわけで。





「…っと。はー、終わった…!!」

最後の一袋のラッピングを終え、机に突っ伏す
机を挟んで反対側に座っていた犬飼と青空も同じように一息ついた

「おー、お疲れさん。」

「お疲れ様です、朝霞さん。あぁ、もうすっかり夜ですね。」

「でもこんだけあれば明日一日は乗り切れんだろ。それにこれで俺ら、明日は一日フリーだぜ。」

「そうだね…。それは嬉しいけどとりあえず疲れた。」

如何せんお菓子作りを皆出来ないから、負担がほとんど私に来てしまった
スターロードに行けなかったお詫びも含めてと、明日は一日店番もしなくて良いと言われたけれど、梓くんは明日は午前中店番だったはず

(うーん、一人でなんて歩けないし…星月先生のところにでも避難してようかなぁ。)

「悪かったな朝霞。木ノ瀬大丈夫だったか?電話したんだろ?」

「うん。どうせなら手伝うとまで言われてそれは遠慮しておいたよ…。」

彼なら本当に来る、と見えもしないのに首を横に振って全力で止めたのは記憶に新しい
少し残念そうな声まで思い出して少し溜め息を吐く

(楽しんでもらおうって思ったのに、うまくいかないなぁ。)

そんなことをぼんやり考えていると、ふふ、と青空の笑う音がした

「本当に二人は仲良しですね。」

「っかー、見てらんねぇぜ。来なくて正解だよなー。目の前でいちゃいちゃされるとか目の毒だっつーの。」

「いっ…、いちゃいちゃなんてしてないよ…!」

「嘘つけ。電話しながらあっま〜い顔してたくせに。」

「ちがっ、してないしてない!してないもん!」


「それ本当ですか?犬飼先輩。」


この場に響くはずのない声が響き、身体が少し跳ねる
勢いよく振り返れば、扉の向こう側に笑顔の梓くんがいた

「あ、梓くん!?」

「お疲れ様です、和先輩。」

「ど、どうしてここに?」

「迎えに来ました。もう終わったみたいですし、和先輩、このまま連れて行っちゃいますね。」

「え?」

「お〜帰れ帰れ。送り狼すんなよ木ノ瀬〜。」

「えっ?」

「和先輩が嫌がることはしませんよ。和先輩が望むなら何にでもなりますけど。さ、行きましょ先輩。」

「そんなとんでもない台詞言ってからだと凄くその手が取りづらいよ梓くん!」

繋いじゃうけどさ!と自分でもわかるくらい頬を染め、差し出された手に手を重ねる

「あはは、和先輩のそういうところ、凄く良いですね。じゃぁ犬飼先輩、青空先輩、失礼します。」

満足そうに笑った梓くんが、犬飼と青空に手短な挨拶をして私を家庭科室から連れ出した
暫く黙って着いて行ったけれど、その進行方向に私は首を傾げる

「…梓くん?どこ行くの?」

そっちに女子寮はないのに、と疑問を口にすると、梓くんが悪戯っ子のような笑みで振り返る

「内緒です。でも、多分すぐにばれちゃいますね。」

「え…?」

その言葉に、ある予感が胸を掠めた

(でも、今行ったって意味ないんじゃ…)

「梓くん、」

「さぁ、着きましたよ。」

「…!」

目の前の光景に、一瞬息を飲む
それは、今日は見ることが叶わないと思っていたもの
きらきらと輝くスターロードに、目を見開き言葉を失った

「…何で…?」

「翼に頼んで、少しの間ライトアップしてもらったんです。」

「天羽くんが?」

梓くんの口から出てきた名前に、漸く納得する
確かに生徒会メンバーである天羽くんなら、スターロードのイルミネーションを時間外でも点灯させることも出来るだろう

「まぁそんなに長くは無理みたいですけど、どうしても和先輩と二人で見たくて。」

そう言って梓くんは繋いでいた右手を両の手で優しく包み、無邪気に笑ってみせるから

「……どうしよう、梓くん。」

「え?」






「……泣きそう…。」






「…和先輩?」






嬉しさが 切なさが






梓くんが好きだっていう気持ちばかりが、溢れてくる




私が、喜ばせてあげたかったのに
これじゃぁ結局、私ばっかりが幸せを与えてもらってばっかりだ

俯くと本当に涙が零れてしまいそうで前を向くけれど、煌めく星と梓くんの顔を見たら、もっと泣いてしまいそうになった
そんな私に気付いたのか、梓くんが眉を下げて柔く微笑んでみせる

「…先輩。もう少し、近付いても良いですか?」

「え…、」

綺麗なアメジストの瞳が、まっすぐ私を見つめる
そっと羽のように私の頬を指先がくすぐり、そのままゆっくりと、私の身体を抱き寄せた

「っ、」

胸が、高鳴る

何度も手は繋いだけれど、抱きしめられるのは初めてで

抑えることの出来ない鼓動が、彼の胸元でとくとくと刻まれる音と混ざり合う

彼の掌の熱は、いつだって私を安心させた

それなのに、身体を包み込むこの熱は私を惑わすばかりで


(同じはずなのに…)


梓くんの匂いが、麻薬みたいで
頭が、私の中の全部がくらくらする

「…先輩、あったかいですね。」

「…っ!」

ダメだ。

揺らぐ視界を認めたくなくて、きつくきつく、目を閉じる
でも、どんなに頑張っても、もう、限界だった

「……て、」

「え…、」







この温かな腕は







私を抱きしめるには、あまりにも優しすぎる







「はなして、あずさくん…」







(これ以上近付いたら、きっと私が壊れてしまう)


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