―『騙されたと思って、僕の名前を呼んでみてください。――和先輩。』―


違う、違うよ梓くん


騙したのは、私の方なの






「朝霞…お前は今冷静に物事を考えられてないだろう。そんなに焦って結論を出そうとするな。」

星月先生の言葉に、嘲笑が零れ落ちる

「たとえ冷静じゃなくたって、わかりますよ…。」

友達でも、何でもなかったから
彼にどう思われても構わなかったし、どんな付き合いになっても良いと思った
ただ私のために動いてくれる梓くんの存在が欲しかっただけ
躊躇う振りをしながら、私はそんな最低なことを考えていた






「私なんかに縛り付けて良いような人じゃない…っ。」






あんなにも優しい人を利用することに躊躇いがなかった自分が、恥ずかしくて堪らない






「――夜なんだから、声、響くよ?」







コン、と扉を叩く音に、弾かれたように後ろを振り返る

「…みずしま、先生…、」

「別に立ち聞きするつもりはなかったんだよ?僕は琥太にぃに用事があっただけなんだから。」

扉に預けていた身体を動かし、興味深そうな瞳で水嶋先生がこちらを捕える

「どうして木ノ瀬くんと付き合ってるのかなって思ってたけど…。…あの時も、僕が触れたから怯えてたんだね。知らなかったとは言え、悪かったね。」

「いえ…」

というかそれ、もう殆ど最初から聞いていたんじゃないですか?
そう思ったけれど、水嶋先生の次の一言に言葉を飲み込んだ

「でも、君のその判断は僕も賛成出来ないな。」

「、」

「よく考えてみなよ。今ここで和ちゃんの望む通りに別れて、もし和ちゃんがまた危険な目に遭ったらどうするの?…その時、自分を責めるのは誰だと思う?」

水嶋先生の台詞に、唇を噛み締める
あまりにも的確な言葉に、返す言葉も見つからない
けれど、だからってこれ以上梓くんに甘えるわけにはいかない

「…もしそうなったとしても、それは私の責任です。ただ偶然あの場に居合わせただけの梓くんを、これ以上付き合わせて良い理由にはなりません。」

「…はぁ。君は自分が今どれだけ無力なお姫様か解ってないの?」

「郁、あまり追いつめてやるな。」

「琥太にぃは黙ってて。ここの皆は月子ちゃんにも和ちゃんにも甘すぎるんだよ。」

どこか呆れたように溜め息を吐いた水嶋先生が、座ったままの私に一歩、また一歩と近付いてくる
こつん、と靴を鳴らし目の前で立ち止まった彼は、少し冷たさを帯びた瞳で私を見下ろす

「どうしてそんなに頑なに拒むわけ?彼が言い出したことなんだから、甘えといた方が可愛いと思うよ。」

「好きでもない子に依存されても…、それは迷惑なんじゃないですか?」

「それはそうだけど、今回は男が頼って良いって言ったんだから。…あぁ、もしかしたら木ノ瀬くんも、そういう優越感に浸りたかったんじゃない?」







「っ、梓くんはそんな人じゃないですっ!」






水嶋先生の不躾な言葉に、気付けば声を荒げていた

「どれだけ優しいかも知らないくせに…っ、梓くんを馬鹿にするようなこと言わないでください!」


梓くんの手が

梓くんの声が、何もかもが、

私を守ってくれると、優しく教えてくれる

大丈夫だと、言葉以上にわからせてくれる

いつだって私に手を差し延べてくれた彼の存在を、罵倒されるのは堪えられない






――これ以上、利用するなんて堪えられない






ねぇ、梓くん




一瞬でもキミを利用しようなんて思ってしまった、こんな馬鹿な私に




そんな風に笑いかけてもらえる資格なんて、本当はどこにもないの




隣に立つ資格なんて、ないんだよ




「……成程、ね。」

ぽつりとそう呟いた水嶋先生の手が、ゆっくりと私の方へと伸ばされる

「っ!?」

「おい、郁!」

ぐいっと
スカーフを引っ張られ、無理やり上を向かされる
突然のことに目を見開いた私の視界いっぱいに、水嶋先生の笑みが映る

「君は随分と自分勝手なお姫様だね。本当の自分を見せるのが嫌だからって、彼を振り回すの?」

「な、」







「――そんなにも、彼に嫌われるのが怖い?」







その言葉の意味がよく解らず、目を見開いたまま眉根を顰める
すると、水嶋先生は驚いたような表情でこちらを見つめ返した

「驚いた。もしかして自覚ないの?」

「…何が、ですか…?」

「郁、いい加減にしろ。」

私のスカーフを掴んでいた水嶋先生の手を捻りあげた星月先生が、いつもよりも低い声で彼を窘める
その様子に肩を竦めた水嶋先生は一歩私から離れ、和ちゃん、と名前を呼んだ

「罪悪感にばかり目を奪われて、本質を見失うのはどうかと思うけど。」

「、」










「その奥の感情は、もう僕にも見える所にあるよ?」









――叶うのなら、あの日に帰りたい



そうしたら、キミのその手を取ったりはしなかったのに






(自業自得なのに、後悔ばかりが溢れてくる)


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