連れて来られたのは保健室じゃなくて、春の花が咲き乱れる中庭だった
そこのベンチの一つに腰をかけ、穏やかな風に包まれると、少し心が和んだ
羊くんは何も言わず、黙って隣に座ってくれていた
それが、凄く嬉しかった
「――依架は、錫也と元々知り合いなの?」
頃合いを見計らって羊くんがそう尋ねてきた
赤の髪が日の光を浴びてきらきらしてる様は、どこかのお伽話の王子様みたいに綺麗で、少し目を細めた
「いえ、初対面です。」
「え?…そう…。」
目を見開いた後、何かを考えるみたいに目を伏せた
「…僕も依架と同じで、最近この学園に入ったばっかりなんだ。だから正直、そこまで錫也のことも知らない。…でも、錫也が嫌う人間がどんな人か、少しは知ってる。」
ざぁ、と
暖かい風が、この場に似合わず優しく吹き抜ける
「月子を傷付ける人間だ。」
柔らかな空気を、凛とした声が揺らす
緋色の瞳が見極めるように私を映した
「――――君は?」
シンプルな言葉の中に、確かに見える月子先輩への想い
彼女を傷付ける人間は、きっと羊くんも許しはしないだろう
でも、
「――羊くん、花は愛でるものであって、傷付けるものじゃぁないんですよ。」
それはきっと、私も同じ
おどけるようにそう言ってみせ、出来るだけ微笑む
「私も、月子先輩の悲しい顔は…誰かの悲しむ顔は、見たくないです。」
そんな私に、羊くんは僅かに目を見張ってから、ふわりと微笑った
「…Je suisd accord.」
「え?じ…?」
聞き慣れない発音に首を傾げたけれど、羊くんは気に留める様子もなく、でも、と言葉を続けた
「月子に関係することじゃなくて錫也が拒否するってなると……、あとは生理的に受け付けないとかしかないんじゃないかな?」
「羊くん、トドメさしてますからね…!?」
それもうどうしようもないじゃないですか、と本気で思ったけれど、多分冗談なんだろう
さっきから楽しそうに笑っている羊くんに、拗ねたい気持ちにもなったけれど、あまりにも綺麗なその笑顔に騙されてしまう
彼なりに心配してくれたのは、嫌でもわかるから
「ありがとうございます、羊くん。」
「…この状況でお礼を言うなんて、依架は変わってるね。」
「そうですか?チョコ入りおにぎりよりは変じゃないですよ。」
「えぇ?あれは美味しいよ。」
「いやいや……、…何ですか?」
「何って、携帯出してるんだから、赤外線に決まってるでしょ?」
「え…」
目の前に出された携帯電話に、言葉に驚きを隠せなかった
そんな私に羊くんは早く、と促す
「錫也にも錫也なりの考えがあるんだと思うけど、僕は君のさっきの言葉を信用する。」
「、」
「君もきっと、愛でるべき花だと思うよ。依架。」
「よう、くん……、」
温かい言葉に、情けなく声が震える
気を緩めると涙が出そうで、携帯を持つ手にぐっと力をこめた
そんな私の髪を、羊くんは優しく撫でくれた
けれどそれは逆効果で寧ろ泣きそうだよ、羊くん。
「何かあったら連絡してよ。――ただし、見返りは欲しいな、僕。」
いたずらにウインクされ、一瞬何のことかと目を瞬かせた
けれどすぐに羊くんの求める見返りに気がついて、ふは、と笑う
「今度、羊くんのお弁当も作りますね。」
『アドレス帳No.000 土萌羊』
意外な最初の登録者に、また頑張る気持ちを貰えた
午後1時5分のお話
(ちなみに赤外線のやり方は羊くんに教えてもらいました。)
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