その日の私は、いつもより浮かれていた

「職員寮のキッチン使って良いなら良いって星月先生早く言ってくれたら良かったのに…!」

手の中には自分で用意したお弁当箱
あの日以来食堂に少し近寄り辛くなった私は、専ら購買にお世話になっていた
けれどお金もかかるし夜まで温かみのないご飯を食べるなんて、これなら自分で作った方が良いんじゃないかとごねていた
するとたまたま寮で星月先生と会い「世良、飯は作れるか」と突然聞かれた
頷けば有無を言わさず先生達が使う職員寮のキッチンへ連れていかれ晩御飯を作らされた、ほぼ強制的に。
食材がろくになく有り合わせのものしか作れなかったが、先生はそれを気に入ったみたいで全部食べてくれた
私もちゃっかり一緒に食べて、先程の話をしたら「じゃぁここで弁当を作れば良いじゃないか」とさらりと言われた
きょとんとしている私に、一万円を何故か渡し「よろしくな」とにっこり笑った星月先生の意味を理解するのに、一分はかかった

「まさか星月先生分まで作るとは思わなかったなぁ。」

手間賃も含めてだと食費を渡されたが、それにしたって一万円は多い、と私は首を横に振っていた
だけど自分の分の食費にも使えば良い、と結局押し切られてしまった
今日は朝渡してしまったけれど、保健室で食べるのもアリかもしれない
浮き立つ心を抑えられず、ガチャ、と屋上へ続く扉を開けた瞬間
聞こえてきたのは、怒号だった




「おらどうした!かかってこいよっ!!!」




ガッと相手を殴り挑発するのは、銀色の髪
太陽の光できらきら光るそれに目を奪われるも、その乱闘っぷりに血の気が引く
その理由はただ一つ
二対一でも怯むことのない彼を、私は知っているからだ

(か、哉太くん…っ!?)

春組の3人が好きな友達の知識で、彼らはよく知っていた
七海哉太くん
喧嘩はとても強いけど身体が弱いから、昔のヒーローみたいに3分くらいしか戦えないんじゃないかと、勝手に思っている
いつからこんなことをしているのか
しかし相手は結構殴られてるから、そこそこ時間は経っているはず
立ち去ることも出来ずはらはらしていると、一瞬、哉太くんの動きが鈍った

「っ!」

それは、反射的だった



――バンっ!!



「!?」

「ぼ、暴力はダメですっ!」

手に持っていたお弁当箱が、相手の顔面に直撃した
自分でやっておきながら痛そうだ、と頭の隅で思う

「あぁっ!?何だお前!」

「これ以上するなら、先生を呼びます。」

「…ったく。しらけた!行くぞ!」

ガン!と扉を蹴り付け、二人は屋上庭園を後にした
不良だ、不良ってゲームの中でも居るんだ。怖い…!

「おい。」

「はい!?」

「女がこんな危なっかしいことすんじゃねぇよ!怪我したらどうすんだ!」

「え!?」

キッと不良顔負けに睨まれ、流石に一歩たじろく
けれどその顔は少し傷が出来ていて、ハンカチを思わずその顔に近付ける

「なっ!?」

「だ、だって哉太くん、倒れかけだったじゃないですか。無理したら、心配されちゃいますよ。心配かけるのは、嫌なんですよね?」

「…!?」

背伸びをして、口元の血を少し拭うと、哉太くんの顔が赤らんだ
え、と思ったけれど、視界の端に見えた物体にあぁ!と大声をつい出してしまった

「お、お弁当…!!」

「あ?え、お前弁当投げたのかよ!?」

「だって手にあったからつい…!…あぁ、ぐちゃぐちゃ……!」

慌てて駆け寄り蓋を開けるが、そこには悲惨なお弁当
折角気合い入れて作ったのに…と凹むけれど、ある意味自業自得か、と苦笑する
そんな私の後ろで、哉太くんが何やらごそごそしだした

「…あ、錫也?俺。あのさ、今日屋上で飯食わねぇ?…いや、うん。…おー、わぁった、待ってる。」

誰かと話した後、徐に哉太くんが私の隣にしゃがみ、右手を私の前に差し出した

「寄越せ。」

「はい?」

「いーから寄越せって!それは俺が食うから、お前は俺の分食えっ!」

「えっ?えぇ!?良いですよそんなの!ぐちゃぐちゃですよ!?」

「良ーんだよ!俺のせいでもあるんだし!」

「わ、わわ!」

私からお弁当を奪うと、哉太くんはそのままばくりとお弁当を頬張り、少し目を丸くした

「…んだよ。充分うめぇじゃん。」

「ほ、本当ですか?無理してません?」

「へーきだって。月子が普通に作ったヤツのがひでぇよ。」

多分本心なのだろう、ひょいひょいおかずを食べていく哉太くんに、ほっと息を吐き出した

「ありがとうございます、哉太くん。」

「っ!げほっ!…って、てーか、お前、何で俺の名前…」

「え?」

(しまった…!!)

何をナチュラルに名前呼びしているんだ私
あっちからしたら私は赤の他人
それなのにこんな馴れ馴れしく名前なんて呼んで……明らかに怪しい
案の定訝しげにこちらを見る哉太くんに、私は目を泳がせた(因みに食べる手は休まっていない)

「あっ、あの、えーと…、ほら!有名ですから!」

「あ?」

「マドンナと騎士って…、聞いていたので、つい勝手に…。す、すみませんでした、七海、先輩。」

ぺこりと頭を下げると、ぺしっとそれを叩かれてしまった

「んな謝られても困るんだよ。別に気にしてねぇ。」

「え?あ、すみません。」

「だ、だから。別に、良いからな。」

「?」

「七海先輩とか、なんか、かゆいから、…さっきので良いって言ってんだよ!」

わかれ!と顔を真っ赤にして言うもんだから

「――はい、哉太くん。」

可愛いなぁ、なんて思ったのは、内緒にしておこう

「そう言えば…哉太くんのお昼ご飯って…」

「哉太ー?あ、いた!もう、何でいきなり屋上なの?お弁当開けてたの、に…」

ガチャ、と鈍い音を立てて開いた扉の向こう側
花が咲いたような笑顔と、目が合った





(……まさか、哉太くんのお弁当って…!)




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