永遠を、きみは笑う?
――こんこん
控え目に、けれど確かに響いたノック音に、自分で少し怖じ気付く
不安で高鳴る胸を抑え込むように唇を噛み締めていると、意外にも早く扉が開いた
「はい。……依架…?」
開いた扉の向こう側
驚きを隠せなかったらしい相手は、珍しく目を丸くして私を見た
「どうしたの?こんな夜中に…。」
「…ごめんね梓くん、急に…。」
梓くんの言いたいことは最もで、やっぱり来るべきじゃなかったかな、と今更後悔が襲ってくる
いくら恋人とはいえ、もう日付も変わろうとしている時間に部屋までくるなんて無遠慮にもほどがある
申し訳なさにうまく言葉が出てこなくて俯けば、そっと優しく右手を温もりに包み込まれる
「取り敢えず中に入りなよ。外、寒かっただろ?」
ホットミルクであったまろうか、と柔らかく微笑う梓くんに、漸く息が出来たような心地を覚えた
「美味しい…」
「それは良かった。って言っても、ただ暖めて砂糖溶かしただけど。」
「ふふ、ありがとう梓くん。」
「…やっと笑ってくれた。」
安心したような音で紡がれた台詞に、口許からカップを離す
隣に静かに座った梓くんが、あやすように髪をくしゃりと撫でてくれる
「何があったの?言いたくなかったら言わなくても良いけど…依架は溜め込むから、僕に分けてくれると嬉しいんだけどな。」
決して私の重荷にならないようにと選ばれた言葉に、目の奥が熱くなるのがわかった
「…夢、見たの。」
「…星読み?」
「…あれが星読みだったら私、何がなんでも未来を変えようとするだろうね…。」
へら、と情けなく笑うと、怪訝そうに眉を顰められる
「…梓くんに、別れようって言われた。」
そういう、夢を見たの。
言葉にした瞬間、さっきの光景が一層リアルさを伴ってフラッシュバックした
何の色も持たず、私をただ見る梓くんの姿
別れようか、と
紡がれた、温度のない 声
「…依架、」
ぽたり
頬を伝った涙を、梓くんの優しい指先が拭い取ってくれる
「ご、ごめんね。こんなことで…来て…」
「そんなにも怖かった?」
「・・・う、ん。」
あやすようにとんとん、と背中を叩き、柔らかくでも確かに抱き締めてくれる温もり
怖かった
これを、失うのかと思うと、凄く凄く怖かった
「だって、梓くんは私の為に別れようなんて、言わないでしょう…?」
「え?」
「私の幸せの為に別れるなんてきっとしない。『依架は僕が幸せにするんだよ』って、言ってくれる。わかってる、わかってるから…、余計怖くて…。」
出会う前から知ってる
幸せになろうと手を差し伸べることはしても、一度繋いだ手を離す人じゃない
「梓くんが別れるっていうときは、本当に私を嫌いになったときなんだって。」
ちゃんと理解しているからこそ、その言葉が何よりも怖い
どうしても溢れてくる涙を止められなくて、でもこんな姿は呆れられるだけじゃないか、と頭の冷静な部分が警鐘を鳴らす
こう言うところが、嫌われたりするのだろうか?
「ご、ごめん…こんなの、うざいよね…。」
ぐ、と涙を拭い取り繕うように無理矢理笑う
嫌われたりしたくない、梓くんに
梓くんにだけは
「…ふっ、」
不安で高鳴る心臓の音に紛れて聞こえてきたのは、微かな笑い声
不釣り合いな音に顔をあげれば、何故か楽しそうに笑う梓くんの姿
「あぁ、ごめん。なんていうかちょっと…うん、嬉しかったから。」
「うれしい…?」
「依架が、思ってる以上に僕を理解してるんだってことが。」
ちゅ、と
一つ、優しく涙の溢れる目尻にキスが落とされる
突然の温もりに肩を震わせた私の手からカップを取り上げながら、でも、と梓くんが言葉を続けた
「でも肝心なところを理解してないよ、依架。」
「え…?」
「僕が依架を嫌いになるなんて、有り得ない話だから。」
綺麗な綺麗なアメジストが、真っ直ぐと私を映し出す
「好きで、大事で、どれだけ苦しい想いをしても諦められなかった。…そんな大切なものを、どうやったら嫌いになれる?」
「あずさ、くん、」
「星を詠まなくてもわかるくらい、絶対的な、変わることのない真実。…ここは、永遠に依架のものだから。」
私の手を恭しく取り、導かれた先は梓くんの左胸
とくん、とくん
一定のリズムを奏でる
いつもより、ほんの少しだけ、早くて
「…好きだよ、依架。」
刻み込むように
私の胸の、一番奥深くに
泣き出したくなるほど真摯な、音色
夢よりも確かな熱が、瞳が、私を甘やかす
いたずらに瞼に口付けを落とし梓くんが、綺麗に笑う
優しい優しい、どんな光でも霞むほどの目映さで
「覚えておいて。依架を幸せにするのは、僕だけだから。」
――この星は、きっと燃え尽きることなんて知らない
(永遠、それは貴方の隣にいつもあるから)
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