ガラス越しハニー

「あれ?先輩今日は眼鏡なんですね?」

「ああ、うん。コンタクトの調子悪くて…でもこれないと何も見えないから仕方なく。」

似合わないからあまり好きじゃないんだけど、と溜め息を吐けば、そうですか?と梓くんが首を傾げる

「いつもと違ってなんだか新鮮で良いですね。それに、凄く似合ってます。」

「梓くんは私限定で変なフィルターかかってるよね…。」

「恋人フィルターがなくても、優希先輩は可愛いです。今日他の人がこんな可愛い先輩を見てたなんて、妬けますね。」

「そ、そう…。」

冗談なのか本気なのか図りかねる口調で笑う梓くんに、曖昧に笑みを返す(恐らく本気)

「それにしても、そんなにも目悪かったなんて意外です。」

「そう多分犬飼といい勝負かそれ以上じゃないかなー?コンタクトだとどんどん視力下がっちゃうしさ。」

「ああ、言いますよね。どれくらい矯正されるんですかそれ?」

「かけてみる?きっついから少しだけね?」

かちゃ、と外した眼鏡をそのまま梓くんに渡せば、少し面白そうにそれをかける

「うわ、これは…」

次の瞬間渋い声をだし、すぐに外してしまった梓くんに苦笑する

「ね?やばいでしょ?」

「そうですね、凄くきつかったです。本当に見えないんですね、先輩。」

「正直今梓くんの顔は見えてないよ。」

ぼんやり輪郭はわかるけれど、どんな表情をしているのかはさっぱりわからない
目を細めても全然焦点の定まらない視界に辟易していると、へぇ、と梓くんが一言呟いた
少し、ほんの少しいたずら心を含んだ、そんな音で

「じゃぁ、これくらい近付かないとわからないですか?」

「っ!」

ずいっと詰められた距離に、反射的に身体が後ろへ逃げる

「ち、近いから!」

「だって、見えないんでしょう?」

「別に今梓くんが見えなくても不自由しないから!」

今にも押し倒してきそうな勢いで迫ってくるその身体を押し返そうとすると、それを嗜めるように手首を捕らえられる

「駄目ですよ、優希先輩。先輩はいつだって僕のことを見ておかないと。」

いつもよりも少し低い、蜜を混ぜた声に心臓が大きく跳ねた
まだ少しぼやけていた梓くんの表情が、ゆっくりと、けれど確実にクリアになってくる
いつもの可愛い後輩の笑顔なんかじゃない、恋人の微笑みに、顔が赤くなるのが嫌でもわかった

「あ、梓くん…」

「優希先輩、これくらいの距離ならわかりますか?」

「わ、わかる。わかる、から、」

「そうですか。でもこんなにも近いと…キス、したくなりますね。」

「あず、ん、…っ、」

何かを確かめるようなバードキスを一つ落としたかと思うと、今度は深く唇を塞がれる
どきどきして息が苦しくて身じろけば、さっき捕らえられた手を引き寄せられ、あやすみたいに指先をくすぐられてしまう
その感覚にすら身体が震え、息がどんどんあがっていくのがわかった

「ふ…、ぅ、」

「先輩、瞳、閉じないで…」

何度も何度も角度を変えて繰り返されるキスの合間に囁かれた言葉に、ふるふると首を横に振る
今でもいっぱいいっぱいなのに、そんな恥ずかしいこと、出来る訳ない
精一杯拒んでみたものの、梓くんは小さく微笑んで、ちゅ、と瞼にキスをした



「優希先輩、僕のことを見てください。こんな表情、この先もずっと貴女しか知らないんです。…貴女だけが知ってる僕を、もっともっと、その瞳に焼き付けて下さい…。」



吐息がわかるくらいの距離で、甘く甘く、震える



ねだられるままに瞳にその姿を映し、ぞくっとした

(熱い…)

優しく、けれど熱を帯びて目の前で揺らめくアメジスト
睫も、唇も
私なんかよりもずっと綺麗なのに、ちゃんと男の子なんだと
ふわふわした頭で実感し、吐息を小さく漏らす


「…ちゃんと見えてます?」

「うん…」

綺麗に微笑んだ梓くんが凄く愛おしくて、繋いだ手とは逆の手で、そっとその頬を撫でた




「私のこと、大好きって顔してる。」





雰囲気に呑まれて、いつもなら言わないような言葉
それでもやっぱり羞恥心に居心地の悪さを覚えたけれど、次の瞬間、そんなものどうでもよくなってしまった




「――先輩、流石ですね。大正解です。」





ご褒美と言わんばかりのキスをして、目が眩むほどの笑顔で梓くんが微笑うから





「優希先輩、――大好きです。」






暫くは、瞼の裏に焼きついたこの笑顔にどきどきする日々が続くんだろうな、なんて考えながら、子供のような可愛いキスに身を任せた












(梓くん…もしかして今までのキスの時ずっと目あけてた…?)(僕が先輩の可愛い姿、見逃すわけないじゃないですか。)


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