二人ぼっちの秘密星

「ねぇ木ノ瀬くん。星は好き?」

柔らかな声が、鼓膜を擽る
その質問に、貴女の方が好きですよ、と答えたら、貴女はどんな表情をしたのだろう?





「楽しかったね、花火。」

「じゃんけんで負けて後片付けって言うのが微妙ですけどね。」

遊び終わった残骸をバケツに入れながら言えば、目の前の可愛い人はくすくすと声を出して笑った

「一発で負けちゃったもんね、木ノ瀬くん。」

「結局負けてるんだから、笑える立場じゃないですよ?先生。」

「私は可愛い生徒の引率なんだから、わざと負けたのよ。」

「宮地先輩に負けた時小さく悲鳴あげてたのに?」

「そこは聞こえないふりしといてよ、木ノ瀬くん。」

かっこつけてるんだから、と眉を下げて笑う先生に、ほんの少しだけ心臓が跳ねた



僕が入学すると同時にこの学校に配属されたこの人は、いつも忙しい陽日先生が教育係らしく、よく代わりに弓道部の面倒を見させられている
今日も合宿で残っていた花火をやりたいと言い出した先輩たちのわがままに付き合って、夜遅くまで騒ぐ僕たちの引率をしていた
本当はダメなんだけどね、と窘めながらも、青春は楽しまないと、と微笑む彼女はとてもお人好しで
そんな姿に愛おしさが込み上げてきたのは、いつからだろう

「よし、全部集めたかな?じゃぁ行こうか。」

「あ、先生。僕が持ちますよ。」

「っ、」

バケツを持つ役目を代わろうと伸ばした手は先生のそれに触れ、小さく彼女の息を飲む音がした

「…。」

「ご、ごめん。でも、大丈夫だよ…っぅわ!」

「っ、先生!?」

ぱたぱたと手を振り慌てた拍子に、ぐらりと先生の身体が傾く
ばしゃっとバケツに入っていた水が零れる音を聞きながら、こけかけた先生の身体をとっさに支えた

「…先生、大丈夫ですか?」

「ご、ごめんなさい…。」

「だから最初から僕に任せてくれればよかったんですよ。どこも怪我してないですか?指とか大丈夫ですか?」

身体を放し、バケツを持っていた指先を確認する
どこも傷ついていないと解り小さく安堵の息を零し顔を上げ、今度は僕の息が一瞬詰まった

伏せられた睫毛の奥で揺れる瞳の熱と、暗闇の中でも分かるくらいの赤く色づいたその頬に

「…先生、」

「ご、ごめんね…。…ごめんね、木ノ瀬くん…。」

その謝罪が、決して今の失態に対するものじゃないことくらい、すぐにわかった

それは、気付いていたから

僕がこの人を想うのと同じように、彼女が僕を想っているということに

――そして、これが許されないことだという、その事実に


「…先生…、」

「止めて。」

「、」

「…お願い、木ノ瀬くん。今だけは……先生って呼ばないで……。」

指先にだけ感じる、頼りない体温
でも、僕の心臓を震わせるには充分な熱だった
いっそこのまま、この細い身体を抱きしめられたらどれだけ良かっただろう

(…駄目だ。)

伸ばしかけた左手を、ぐっと握りしめて踏みとどまる

あくまで僕たちは教師と生徒だ
たとえ本当に想いあっていたとしても、許される関係ではない
もしこの一線を越えてしまったら、裁かれるのは僕じゃない……この人なんだ

(…どうして)

どうして僕はまだ15なんだろう
この人と同じ年じゃないんだろう
頭の中でそんなことをいくら考えても無意味で、目の前のその身体を引き寄せる権利なんて出てこない

けれど

この身体を、他の誰かが抱きしめるなんて、耐えられない

「…3年、」

「、」

紡いだ言葉は思ったよりも小さく、けれど確かに彼女の耳に届いたらしく、肩が小さく揺れる

「3年後……僕に全てをくれませんか?」

「……きのせ、くん…?」

「今の僕はまだ、貴女を守ることが出来ない。触れてしまえば、貴女を傷つけてしまうだけです。でも、…3年後にはこの腕で、貴女を抱きしめることを許してくれますか?」

綺麗な黒の瞳を覆う水膜が光を受けて、星が瞬くようにきらきらと揺れ動く

「まだ何一つ言葉を捧げることも、温もりを抱くことすら出来ない僕ですけど――僕はこの気持ちを、永遠にしたいです。」





貴女を好きだという、この気持ちを






「……それは、」

「え?」

「木ノ瀬くんの全ても…私にくれる……?」

ぱた、と

綺麗な星が、頬を伝い流れた
泣きながら笑う先生はいじらしくて、やっぱり今すぐにでも抱きしめたいくらいに愛おしくて




「当然です。僕の心ごと全て、貴女に捧げさせてください――優希さん。」





今の僕に唯一許された、貴女の望む呼び名に全てを託して





二人だけしか知らない夜に、想いを置いて行く






(再びここに、迎えに来るから)







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