4月の恋する少年少女
「私、学校辞めるね。」
そう紡げば、目の前の幼馴染はこちらを振り向いた
その綺麗な翠色の瞳を、大きく見開いて
「…な、何でだよ?」
「…授業、というか、カリキュラムが思ってたのと違うなぁって思って。それに、確かに星は好きだけど、やっぱり趣味程度で良いかなって最近考えてて。学校を変えるならやっぱり早い方が良いだろうから、1学期で転校しようと思ってるんだ。」
困惑で上手く言葉が出てこない哉太に、ずっと考えていた台詞を淀みなく伝える
言葉を失くした哉太としっかりと目を合わせ、哉太、と名前を紡ぐ
「だからここを出ていくことになるけど…応援、してくれるよね?」
春にしてはまだ冷たい風が間を通り抜け、綺麗な銀の髪をきらきらと揺らす
くしゃ、と顔が辛そうに歪んだのがわかり、ゆっくりと口を開こうとした、瞬間
「っ、」
「――嫌だって言ったら、ダメか…?」
「か、かな、」
身体に感じる熱に、抱きしめられているんだとようやく気付く
「お前の言ってること…わかっけど、解りたくねぇっつーか…。だってお前、すげぇ楽しそうにしてただろ?諦めたりとか…そんなことしてほしくねぇよ。」
「哉太…」
自分の言葉を紡ぐのが下手くそなくせに、一生懸命紡がれるそれ
抱きしめる腕は少し細いけれど、それでも力強く私を離さない
「それに…お前がどっかに一人で行くとか、本当耐えらんねぇ。」
「え、」
「お前のことは、俺が守ってやらなくちゃだろーが。」
「…覚えてたの?」
「当たり前だろ。」
きっとそれは、小さなころの約束の話
もう忘れているとばかり思っていたのに、覚えていてくれたことに、胸が熱くなる
私のことを守ってくれると、小さな手が誓ってくれた
私だってあの日のことは今でも鮮明に覚えているから
「それに、俺だってお前に守られてるんだからな。」
「、」
「お前が居るから、頑張ろうって思えてんだよ、俺。今までも、…これからも。」
「か、なた…」
今度は私の方がうまく言葉が出なくなってしまう
抱きしめる腕の力が緩められたかと思うと、耳まで真っ赤にした哉太が、いつになく真剣な眼差しで私を捕える
「…好きなんだ。」
凜と、空気を震わせた言葉に、ふる、と身体が震える
(どうしよう…、)
言うべきかどうか考えあぐね、そしてゆっくり、口を開いた
「――ごめん、哉太。今日、4月1日なの。」
ごめん、の言葉に反応したのか、少し傷付いたような表情をした後、次に続いた台詞に目を丸くされた
それから耳どころか顔全部を真っ赤にした哉太が、ぷるぷると震え口をわななかせた
「お、お前えええええぇぇぇぇ!!!!」
「ごっ、ごめん!本当にごめん!まさか告白されるとか思わなくって…!」
「っだー、やめろ!!それ以上俺の傷を抉んじゃねぇよ!おまっ、言っていい嘘と悪い嘘があるだろ!?」
「だからごめんって!だって錫也とか全然騙されてくれなくて…!ほんと、洒落じゃなくて心臓に悪そうだから落ち着いて!」
「誰の所為だよ!!」
私の所為だね、とも返せず、とりあえず落ち着かせるように哉太の腕を摩る
はぁ、と息も切れ切れに呼吸をする相手に、流石に申し訳ない気持ちになってしまう
けれどその一方で込み上げる気持ちを抑えられず、知らず知らず徐々に口元が緩んでいた
それに気付いた哉太が、涙目でこちらに視線を寄越す
「…何笑ってんだよ。」
「いや、なんか、嬉しくてつい。」
「は?」
「だって、両思いなんだもの。」
そりゃぁ笑いたくもなるよ。
ふふ、と締まりない顔で笑えば、少し固まった後に訝しげな表情で睨まれる
「お前…それも嘘か?」
「そこまで性悪じゃないわよ。そっちこそ、もしかして嘘だった?」
「ばっ!…んなこと、あるわけねぇだろ。」
腕を摩っていた私の指に、ゆっくりと哉太のそれが絡められる
それが何だかぎこちなくてくすぐったくて、眉を下げて微笑んだ
ねぇ哉太
この先何十年経っても、今日の日のことを笑って話せる二人でいようね
春が彩る、嘘つきな恋のスタート地点
――さぁ、恋せよ少年少女
(じゃぁ、これからも私のこと守ってね?)(あー、お前本当しばらくその話やめてくれ…。恥ずかしくて心臓止まる。)
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