Capriccio in the cocktail.

甘く酔いしれ、溺れていく



「あ、これ美味いぞ。ほら。」

「ん。…うん、美味しい!でもやっぱり錫也のご飯の方が美味しいな。」

「はは、優希は外で食べるといつもそれだよな。」

ぱくりと錫也が差し出したチーズ揚げを食べながらそう言えば、錫也はどこか嬉しそうにはにかんだ

「でも、久しぶりに居酒屋なんて来たね。料理は錫也に劣るけど、個室だし雰囲気好きかも。」

「そうだな。それに、お酒はやっぱり家じゃ色んな種類飲めないしな。」

「あ、確かに。流石の錫也でもカクテルは作れないもんねー。ん、このソルティードック塩きっつい。」

錫也のカクテルを勝手に一口飲んで顔をしかめてから、きょろ、ともう一度辺りを見渡す
落ち着いた照明と壁際に置かれた観葉植物が居心地を良くさせて、気が付けば随分長居をしていた
明日は講義がお互いないから良いけど、と少しほろ酔い気分で考えて化粧ポーチを鞄から取り出す

「どうかした?」

「ちょっとお手洗い。」

「そっか。何か飲み物追加しとこうか?」

「んー、じゃぁこれ!ルナパーク!」

なんか名前が可愛い、と錫也に注文を任せて、ぱたぱたと席を立った

ちなみに、行ってらっしゃいと小さく手を振る錫也もちょっと可愛かった



(あ、)

ぽとり
お手洗いに向かう途中、前を歩く男性のポケットから財布が落ちた
けれど酔っ払っているのか相手はそれに気付かず友達とどんどん進んで行ってしまう

「あの、落としましたよ?」

「え?あ!?うっそ超やべぇ!!」

とんとん、と背中を叩き呼び止めれば、相手はほんのり赤い顔で慌てたように全身を叩いて財布がないことを確認して叫ぶ(隣に居た友達は爆笑していた)

「あーありがとう!マジ助かった!!」

「わっ、いえいえ。」

ガシッと財布を持っている手ごと両手で握られ、少し苦笑した
そんなにも感謝されることじゃないのにな、なんて思うのだが相手はそうじゃないらしい
勿論、感謝の気持ちを増長させてるのは酔いの所為なんだろうけど

(うーん、結構酔っ払ってるなぁ…。)

悪い人ではなさそうだけど、とにかくテンションが高い
手を相変わらず掴まれたままで、立ち去ることも出来ない
どうしたものか、と考えていると身体が後ろに傾いた





「――大丈夫か?優希」





「す、ずや、」

傾いた先は、錫也の腕の中で
見上げれば酷く優しい笑顔で私を見ている
この笑顔があまり良いものではないことくらい、私はもう知っている

「おっ、彼氏さん?いやー、お兄さんいい子捕まえたな!超可愛いし超優しい!羨ましい!」

「やっべ、てか彼氏さんもイケメーン!彼女幸せにしてやれよー!?じゃぁね彼女さーん!」

終いには錫也の肩をバンバン叩きながら、ばいばーい、と二人組が居酒屋から出て行った
正直、こんな状態で置いて行かないで欲しい

「あ、あの、錫也、」

「とりあえず、席に戻ろうか。」

とても綺麗な笑みに返した私の笑顔は、酷く引き攣っていたと思う




「す、」

トン、
個室に戻ってすぐ、肩を壁に押し付けられる
力は全然入っていないのに、動くことを許してはくれない、それ

「ダメだろ、あんな風に簡単に触らせたら。」

「ご、ごめん。でも、お財布…」

「わかってる。…あんな奴らに言われなくたって、お前が優しいことは、俺が一番知ってるよ。」

「ん、」

するりと頬を指先で撫でられたかと思うと、唇を塞がれる
アルコールの味が少しする、いつもよりも熱い唇
角度を変え何度も触れる唇に、頭の奥の方がくらくらした

「すず、」

「腕時計。」

「え…?」

「今度、新しいの買いに行こうか。」

「な、何で?」

「何でって、さっき手と一緒に掴まれただろ?」

「あ、」

カチャ、と腕時計のベルトを外し、手首からそれが取られる

「俺以外が触ったようなもの、こんな所につけておくんじゃありません。」

おどけるような口調、声色
でも、綺麗な青の瞳だけが不自然なくらいに強く私を見据える

「わかったか?」

「う、ん。」

「分かればよろしい。」

少しぎこちなく頷けば、錫也が腕時計を自分の鞄の中に放り投げる

(…あれ、先月買ったばかりだったんだけどな…。)

そんなこと錫也には関係ないんだろう
早々に時計を諦めると、小さな溜め息が聞こえた

「まったく、お前はいつまで経っても危なっかしいんだから…。――俺が居てやらないとダメだな、優希は。」

ちゅ、と
腕時計を外された手首に、キスが落とされる
柔く形作られた笑みに、ぞくりと背筋が粟立った、瞬間

「い…っ!」

ビリっと手首に痛みが走り、顔が歪む
見ればじんわりと赤が滲み、噛まれたんだな、とどこかまだぼーっとする頭で理解した


「…痛かったか?」

「え?」

「さっき掴まれた所。」

「…ううん。へい、き。」

今の方がよっぽど痛い
つ、と腕を流れた赤を舐めとる錫也に、そんなことを言えるはずもなくただ黙って彼の行為を甘受する

こういう時の錫也は、よくわからない
常識とか倫理とか、そういうものがない気がする




解るのは、私への狂おしいほどの愛




「…錫也、」

「…好きだよ、優希。」

「、」





「ずっとずっと、お前だけを愛してる。」




祈るように、願うように

懇願するみたいな声で錫也が紡いだ愛の言葉は、喧騒に埋め尽くされた居酒屋にはあまりにも不釣り合いで

それなのに、とても綺麗に響くから

「…私もだよ、錫也。」

血に濡れた唇にそっと、同じだけの愛を返せるように口づけを贈った






「大好き」






狂おしいほどの愛に

私は甘く、溺れていく





(狂おしいほどの感情を、キスで飲み干して)




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