記憶が戻ったあの夏の日を、私は一生忘れない
アルバムを濡らし、ひたすらに泣いたあの日

一樹、と

空気を震わせたその名が懐かしくて、どうしても涙が止まらなかった、あの暑い夏の日



一樹、私は――




「…どうして、」

情けなく流れた涙を拭い顔を上げ、夕焼けに照らされた一樹の表情に少し息を呑んだ

「どうしてそれでも、こんな俺を好きだなんて言うんだ?」

「、」

真っ直ぐに私を見つめる翡翠の瞳が、苦しそうに歪められている
こんな一樹の表情は、両親を亡くした時以来初めてだ

「俺は俺のエゴで、お前の記憶を消した。お前を突き放したんだ。それがわかってるのに…何でお前は俺を好きなままなんだ?」

静かに問いかける、低い声
確かめるように紡がれた言葉に、ゆっくりと口を開いた

「そんなもん、知らないわよ。」

「…は?」

「あんたの嫌なところだったら一杯出て来るわよ。夜が明けるまで喋っても足りないくらいに沢山。ほんっと昔からあんたは私のこと怒らせる天才だったもんね…、そういうこと聞いてくるところも腹立つ。」

「お、おぉ…。悪かった…。」

私の言葉に引き攣った笑みを返した一樹を横目で一度見て、小さく溜め息を吐いた

「…好きな理由なんて、出てこないわよ。」

「、」




「どんな言葉で言ったって、伝わらないもの。」



世界に色が戻るみたいに
一樹との記憶が閉じ込められた箱の中から溢れだしたあの日

酷い、と
どうしてと何度も思った
苦しくて、悲しくて、胸が引き千切られるような想いで、涙が止まらなかった
それなのに



嬉しかった




まるで空っぽだった瓶に液体が注がれるみたいに、満たされる心地
あとからあとから込み上げてくる想いは、私の中のどんなそれよりも強く、私の胸を震わせた




私の人生の大半を彩っていたその存在、この感情





「ごめんね、一樹。私は一生一樹を好きよ。――一樹が一樹である限り。私はずっと一樹を想うわ。」




ねぇ、一樹





私にはその存在がとても大切で、愛おしいの




「……俺は、」

「、」




「俺はそれが嫌だったんだ…。」







――たとえ、一樹にとって私が必要ないとしても





(俯いたその姿が、泣いているように見えた)











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