始まりは、唐突なものだった
でも、きっと人生ってそういうものだ
心の準備なんてさせてくれず、始まりも終わりもやってくる

望もうが、望むまいが



「桜乃、一樹を見なかった?」

穏やかな声が、人もまばらな放課後の廊下に響く

「今日は見てないな。さっき桜士郎にも訊かれたけど、何かあったの?」

「あぁ、多分部活のことだよ。来年度の予算案とかの話、宮地くんがまだしてないっていうから。去年まではずっと一樹だったけど、今年は引き継ぎとかもあるからタイミング変わるのかなぁって思ってね。」

「なるほど…。元部長は大変だねぇ。」

「ふふ。可愛い後輩の為だから。」

そう言って柔らかく笑う誉に、誉らしいなぁ、とつられて笑ってしまう

「一応見掛けたら連絡するけど…、あ、というか携帯は?」

ポケットから携帯を出して誉に尋ねれば、少し困ったみたいに眉を下げられた

「実は今日は忘れてきちゃってるんだ。桜乃、連絡取れる?」

「…誉、それは嫌味?私が不知火のアドレス知らないの知ってるくせに。」

というかそれならどうやって誉にも連絡取れば良いのか。
半ば呆れながら睨めば、相手は少し肩を竦めた

「一樹と言い桜乃と言い、本当頑固だよね。結局三年間アドレス交換しなかったなんて。」

「だから、何回も言ってるけど私と不知火はそんなにも仲良くないの。誉や桜士郎が居なかったら、連絡どころか会話もろくにしてないもん。」

「幼なじみでしょう?」

「世の幼なじみが全部月子ちゃんのところほど仲良しなわけないんだからね?」

あれを一般論に使うな、と暗に言ってみる
誉には一樹とのことを教えてはいない
元々桜士郎にばれたのだって不可抗力だったのだから、教えるつもりなんてないけれど…

(こういう時、ちょっと不便だよなぁ)

「桜乃、」

「わかった、わかったよ。次会ったら不知火にアドレス聞くから。教えてくれるかわかんないけど。」

これ以上突っ込まれるのも面倒で溜め息混じりにそう言えば、そっと頬を温かい掌が覆い、優しく上を向かされる

「…ほまれ?」

「桜乃。たとえ目に見えて仲が良くなくても、一樹は君を大事に思っている。…その心まで、否定してあげないで欲しいんだ。」

「、」

小さな子供に教え聞かせるように誉が紡いだ言葉に、少し泣きたくなった


(そんなこと、)



そんなこと、あるわけない



「……誉、」

「うん? 」

「この状況、また誤解されるよ?」

放課後の廊下で見つめ合う(しかも顔に手を添えられた状態で)姿は、端から見たらどう見えるか
いくら放課後とは言えまだ人もいるわけで、さっきからちらちらと見られている
仲を知る人から見ればお兄ちゃんと妹だけど、周りはそうは思ってくれないらしく、何回か噂になっているのだ。もう慣れてしまったけれど

「ふふ。僕は誤解くらいどうってことないけどね。」

「まぁ桜士郎相手じゃないから全然構わないけどさ…。…誉。」

誉の掌に自分のそれを重ね、少しだけ笑う

「ありがとう。」

言えない言葉を飲み込んでそう伝えると、こつんとおでこをぶつけられてしまった

「…さすがにこれは、」

「ふふ。後ろから見たらキスしてるみたいだろうね。」

「新聞部が居ないことを願うわ。」

慰めるみたいな温もりが、少しだけ胸を締め付ける
きっと言いたいことなんて、全部ばれているんだろう



信じられなくて、ごめんね。誉




「…で。なーんでこいつはここに居るのさ…。」

たまたま通りかかった星詠み科の教室で呑気に寝こけている一樹を見下ろし、苦笑を零す
皆本当にちゃんと捜したのか?と少し疑いたくなった

「不知火。おーい、起きてよ。…おーい。」

ぺち、と持っていたノートで頭を叩くも、相手は机に突っ伏したままぴくりともしない
規則正しい寝息だけが教室に響き、思わずため息が零れる

「ったくもう…、っと。」

ポケットで震えだした携帯に気付き取り出せば、桜士郎からの着信を告げる表示
ぴ、と通話ボタンを押し、相手が口を開く前に文句を言ってやった

「もしもし桜士郎?一樹、教室に居たんだけど?」

『え、ほんと?さっき見たときいなかったんだけどな〜。』

「めちゃくちゃ熟睡してるんだけど…?まぁ、いいや。私誉にも連絡しなくちゃだから切るね。用があるなら起こしに来てあげて。」

というか、どうやって誉に連絡を取るか考えていなかった
どうしようかな、なんて思っていると、非難の声が鼓膜を震わせる

『ちょっとちょっと、起こしてあげないの?ほまちゃんも探してたんでしょ〜?』

「やだよ。今叩いても起きなかったし。私中学の時に寝起きの一樹に噛まれたことあるから、あんまり関わりたくな、い、」

『桜乃ちゃん?』




油断していた




そうとしか言いようがない

少し夕焼け色に染まった綺麗な綺麗なエメラルドが、私を映す
驚きに満ちたその色に、知らず喉が震えた


いつ?

いつから、聞いていた?

私、今何を話していた?

確かに、紡いだ





一番、大事な名前を





「……来海、お前…」





耳元の桜士郎の声なんかよりも響いた音に、世界が歪んだ





嫌だ





――怖い






(終焉のコールが、そして鳴り響く)






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