ねぇ、一樹
私が欲しいものは、そんなものじゃないんだよ
しまった。
最初に思ったのはそんなことだった
あんな夢を見た今日は、出来ることなら関わりたくなかったのに、神様は底意地が悪い
「あ、桜乃先輩。」
「ん?何だ来海か。」
「…何だって何よ。何してんの?二人で図書室にいるって珍しい…まさか不知火、抜け駆け?お父さんキャラしてるくせに。」
「何でそうなるんだよ!?」
「図書室ではお静かにお願いしますよ、生徒会長さん。」
そう言うと一樹はいまいち納得出来ないような表情で、それでも口を噤んだ
それにしても、一樹と月子ちゃんが二人きりでいるなんて本当に珍しい
「で?何してるの月子ちゃん?」
「あ、ベツレヘムの星祭の発注書類を仕上げてたんです。」
「何でわざわざここで?」
「一回翼の実験で燃えちまってな。提出〆切り今日だから、安全なここで書いてるんだよ。」
「生徒会室は安全な場所じゃないと…。」
嫌だな、それ。と思わず顔を引き攣らせてしまったが、何故か妙に納得出来るから困る
「そういう来海は何してんだ?」
くる、とこちらに視線をやった一樹に、少しだけ胸が高鳴ってしまった
(…眼鏡だ。)
中学の時にはかけていなかったそれをつけている姿は、中々見慣れていないからかどうにも緊張する
いつもより大人の男に見える彼は、惚れた欲目を抜いても格好良い、なんて感じてしまう自分が少し憎い(悔しいから絶対言ってやらない)
「来海?」
「…あ、あー、と。占星術の課題レポートをね、書くにあたってオススメの本があるって誉に教えてもらったから。」
考えていた内容が内容だけに少し気まずくて、へらりと笑って一樹と月子ちゃんの座る机の後ろの棚を指差す
ちょうどここが西洋占星術に関する図書のコーナーだから、こんな至近距離では逃げ場もないってもんだ
(正直、あんまり見ていたくない光景だから嫌なんだけどな…。)
一樹が誰かと仲良くしているだけでも羨んでしまうのに、月子ちゃん相手となると尚更だ
月子ちゃんは傍に居て良いのに、私は駄目なんだと
まざまざと見せ付けられると、嫌でも自覚してしまうから――
「来海は本当に誉や桜士郎と仲が良いよな。」
ぼんやりしていると名前を紡がれ、我に返った
「…何?誉達取られてやきもち?」
「そっちか。」
「でも正直、不知火よりも仲良い自信はあるな。月子ちゃんとは一緒にお風呂まで入った仲だしねー。」
「えっ?」
「お!?お、お前なぁ…!!」
「ん?何?羨ましいの不知火?」
「誰がだ!」
顔を少し赤らめているから、ちょっとは想像したんじゃないか?なんて思っていると、机に置かれた携帯が震動する
「あ、すみません。電話なんで、ちょっと外で話してきますね。」
「大丈夫か?あんまり一人で遠くに行くんじゃないぞ。」
「もう、大丈夫ですよ。桜乃先輩もすみません。」
「ううん、私のことは気にしないで良いから。行ってらっしゃい。」
二人を見ているのは嫌だが、一樹と二人きりのほうがもっと嫌だ。なんて言えるはずもなく
眉を下げて微笑み席を外してしまった月子ちゃんを一樹と二人で見送る
「……過保護なオヤジ。」
「うるせぇ。」
改めて机に向き直った一樹を見て、私も本を探す為に彼に背を向けた
「まぁ、気持ちはわからなくもないけどね。月子ちゃん可愛いもの。あ、あった。」
「あぁ。でも、月子はそれを理解してないから困るんだなぁ…ったく、あいつは。」
しょうがない奴だよ、と
小さく笑う音が、目当ての本に手を伸ばす私の後ろから聞こえる
優しい音をして私の耳を擽るその声に、今向かい合っていないことに心底感謝した
きっと今、私は酷く情けない表情をしているから
「…だから、不知火は傍に居るんでしょう?」
「は、」
「見てたらわかるよ。…大事にしてるもんね、不知火。」
――私は許されなかったその距離を
許されている彼女は、間違いなく一樹の特別 だ
「…あぁ、大事だよ。凄く。」
真っ直ぐに紡がれた肯定
わかっていたことなのに、わかっていて、訊いたくせに
うまく返事が出来ないのは、本が取るのに精一杯だからだ
自分にそう言い聞かせて、高い場所に置かれている本にもう一度手を伸ばす
「――こら、スカートん中見えんぞ。」
「……っ、」
手首を捕まれ、飛び跳ねた身体がぽふ、と抱き止められる
それとは反対の手が私の求めていた本を棚から簡単に抜き取り、ぽん、と頭の上に置かれた
背中に触れた彼の熱に 、身体中の温度が一気に上がったのが嫌でもわかる
「ったく…。これくらい言えよ。」
「わ、ちょっ!」
ぐしゃ、と乱暴に髪を撫でられ、突然のことに頭がついていかない状態で一樹を見上げ、息を飲んだ
「お前だって大事な幼馴染なんだからな、来海。」
――残酷なことを
優しく笑って言うんだね、一樹
「…どうもありがとう。」
来海、なんて
私を拒絶しながら、私に優しくしないで
(こんな想いをするのも、きっとあと少しの我慢)
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