「これ、来海ちゃんのでしょ?」
蝉の鳴き声に入り混じって紡がれたその言葉と突き付けられたそれは、間違いなく今私が探していたもので
目の前に立つ相手に、夏なのに寒気がした
どうしてよりによって、白銀が
一樹に、一番近い人が
「……どうして私だって思ったの?」
「うん?いや〜、だって不知火神社のお守りだったからさ、これって一樹の地元の人って絞ると、来海ちゃんしかいなかったんだよね〜、くひひ〜。」
茹だるような暑さの中でだと益々苛立ちが募る喋り方をする白銀に、眉間の皺がなくならない
けれどそれは苛立ちだけじゃない、焦りからでもある
早く、早くあれを取り戻したい
平常を装い、気付かれないくらい小さく深呼吸をする
しかしそんな私の努力も、白銀の言葉に無にかえってしまった
「一樹のかもって思ったんだけど……一樹はこんな写真、持たないだろうからね。」
呼吸の仕方を、一瞬忘れてしまった
大きく見開いた瞳で白銀を見れば、ゴーグルをはずした赤みがかった瞳と視線が絡まる
「…ボロボロだったから、紐、変えといたよ。」
「しろがね…、」
「夏休み明けてからちょっと様子がおかしかったのは、これが原因かな〜?」
「…そんなこと、ない。」
ぽん、と手元に返されたボロボロのお守りは、真新しい紐が酷く不釣り合いに見えた
けれど、今はそれよりも目の前の白銀に気を取られてしまう
そんな私に気付いたのか、普段とは違う声色が、優しく残酷に言葉を紡いだ
「どうして今は、隣に居ないの?」
どうして
どうして?
「…そんなの、私が一番知りたい…。」
きつく、きつく手の中のお守りを握り締める
けれどどうやっても堪えることの出来ない感情が、胸の辺りでぐるぐると渦巻いて苦しい
「いきなり記憶消されて、気が付いたら『来海』とか呼ばれて、ただの幼馴染になってたんだから。突き放したのは…一樹なんだから…っ。」
何が
何がいけなかったのかも、解らない
だって一樹が星月学園に入学する迄は、普通に隣に居たのに
隣にいるのが、当たり前だったのに
「……記憶が、戻ったんだね?」
「…お願い、白銀。」
確信めいた白銀の台詞に、懇願の言葉を紡ぐ
「一樹には、言わないで。」
「、」
「私の記憶が戻ったこと…お願いだから黙ってて。」
お願い、と
自分でもわかるくらいに頼りない声に、白銀が僅かに眉根を顰め困惑する
「…どうしてそんな風に隠すの?一樹に対して怒ったり問い詰めたりする権利は、来海ちゃんにはあるはずだろう?」
「…そんなこと、出来ないよ…。」
白銀の言葉に、笑みが零れる
けれどそれは決して優しいものなんかじゃないってことを
一緒に零れた涙が何よりも物語っていたはずだ
「私、怖いの…。――一樹が、凄く怖い。」
深く沈んだ意識が、身体に戻ってくる
そんな感覚に身を任せ目を開けば、見慣れた天井が見えた
「…夢、」
なんて夢を見るんだ
一樹との夢を見た方がまだマシだ、こんなの
眉を顰めて頭を抱え、ちらりと時計に目をやるとまだ7時前だった
けれどこれ以上寝ている気にもなれず、仕方なくベッドから起き上がる
「…怖い、か。」
机の上に置いていたお守りを手に取り封をそっと開く
綺麗に畳まれた写真を広げれば、真新しい星月学園の制服を着た一樹とその隣で無邪気に笑う私が迎えてくれる
制服のサイズを確認していた一樹に無理を言って、二人で撮った写真
これが、一樹と撮った最後の写真
―『私、怖いの。――一樹が、凄く怖い。』―
…あの言葉は、今でも変わらない
そう、何一つ変わってなんていないんだよ、一樹
一樹を好きだって言う、この気持ちも、何もかも
変わらない、変われない私達で
別れの季節が、やってくる
(隣に居たかったたけなのに、)
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