桜士郎とまともに会話をしたのは、一年生の夏休みが明けてすぐだった
記憶を取り戻したばかりの私は、上手に『一樹の記憶』を隠すことが出来ず、ひたすら一樹を避けていたのだけれど
記憶を呼び戻すきっかけともなったそれを見られ、どうしても取り繕うことが出来なかった
――涙を、堪えられなかったのだ



「くひひ〜、でもそれで健気に『不知火』とか呼び続けてる桜乃も、気付かない一樹も馬鹿だよねぇ。」

「うるさいよ変態。」

大体こんな夜にゴーグルとか本当意味わかんない、と隣の桜士郎を一蹴すれば、桜乃は怖いなぁ〜なんて笑われた
何もかもを知っている彼の前では、きっと全てがただの強がりに聞こえるのだろう

「はぁ、何で天体観測の課題のペアが桜士郎なんだろう…誉が良かった。」

「誉は人気高いからねぇ。その点俺はいつだって桜乃のボディーガードになる準備出来てるよ、くひひ〜。」

「課題とかのペアとしては人気ないからね、桜士郎センパイ。」

「はーつれないねぇ桜乃ちゃんは。あの時みたいな可愛いげがあっても、良いと思うけどな、俺は。」

ぽん、と頭を不意に撫でた熱に、上手に自分を取り繕えない
本当に、つくづく腹立つ男だ

「可愛いげを見せたら、ばれちゃうじゃない。私が『一樹』を知ってるように、『一樹』は『桜乃』を知ってるんだから…。何で感づかれてもおかしくないもん。」

「…いっそ真実を知ってみたらどうだい?」

「、」

「もうすぐ卒業だ。聞いた進路の様子からして、今度こそここで道は別れるでしょ。胸の中で…その中で燻らせるには、大きすぎるんじゃない?その気持ちは。」

「ちょっ…!勝手に出さないでよ…!」

「あーらら。もうボロボロだねぇ。俺が初めて見た時よりもずっとくたびれてるじゃない。」

とん、とスカーフの辺りを押したかと思うと、するりとその下に隠していたネックレス状にして首から下げているそれを空気に晒される

「当たり前でしょ。…あれから、三年経ってるんだから…」

それよりもずっと前から
もういつから手元にあるかもわからない、不知火神社の――一樹の家のお守り
彼が言うように本当にぼろぼろで、端は糸がほつれているし色だって褪せている
そんな中に、私は全てを詰め込んでいる
決して色褪せることのない想いを、記憶を、何もかもを

「…本当、馬鹿だねぇ。」

ゴーグル越しなのに心配をしてくれている、そういう瞳をしているのがわかり、どんっと勢いよく桜士郎に抱き着いた

「おぉっと。相変わらず過激だねぇ。」

「…1分だけ。」

「はいはい。まぁ役得だから良いけどさ〜、桜乃も素直じゃないよねぇ、くひひ〜。」

「うるさい…」

辛いとき、こうして抱き着くのが癖だった
人の温もりが心地好くて、また頑張る気持ちを貰えるのだ

いつも、その熱をくれていた人は今も近くにいるけれど







きっともう、あの熱が私を励ましてくれる日なんてこない







(そっと触れる指先が、少し彼に似てる気がしたから、泣きそうになった)








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