長期休暇がくるたびに、心が浮き立つ
小学生の時も中学生の時もそうだったけれど、高校に入ってからは益々そう感じる
理由は至って簡単で

幼馴染兼恋人の龍之介と、久しぶりにずっと居られるから

星が好きだから、もっとちゃんと学びたい、と言って山奥の全寮制高校に入学してしまった龍
自分の考えをしっかり持っているところは好きだけど、流石にあの時は泣いたな、なんて思いながら、宮地家の家の前に立つ

「龍、帰ってるかな?」

ついつい緩む頬を戻すことが出来ないまま、勝手知ったる龍の家の玄関を開いた





「あれ?鷹くんだけ?」

「お、日向じゃん。久しぶりだなー。」

ひょこっとリビングを覗けば、ソファの上で寛ぐ鷹くんの姿
いつ見ても龍のお兄ちゃんとは思えない風貌だ

「日向が来たってことは…今日は龍が帰ってくる日か。」

「そうだよ。おばさんや虎牙は?」

「買い物。きっと龍の好きなもの買いに行ってんだろー?今日の夕飯、デザート付いてんだろうなぁ、すっげぇ甘いケーキとか…。」

「鷹くん知らないの?龍って学校ではお昼、スイーツらしいよ?」

「マジで!?あいつそれ学校でもなの!?」

馬鹿だろ!?とソファから勢いよく起き上がった鷹くんの気持ちは、少しわからないでもない
けれど龍のあれは私にとってももう日常に近いものがある

「なんか野菜ケーキとか食べてるみたい。だから私もこの休みの間に作るって約束したんだー。電話越しでも声が喜んでるのわかってね、可愛かったの。」

思い出してえへへ、と締まりなく笑えば、鷹くんが少し呆れたように笑う

「相変わらずお前は龍が好きだなぁ。っは〜、あいつには勿体ない…!」

「ちょ、鷹くん…!」

ぎゅぅ、と苦しいくらいに鷹くんが抱きしめてくる
当たり前だけど、そこにときめきなんてない
鷹くんとは正直、龍よりも兄妹らしいんじゃないかと自負している
ぽんぽんとその背中を宥めるように叩けば、鷹くんが益々私を抱きしめる手に力を込めた

「あーほんっと日向は可愛い!龍とは大違いだ!」

「わ、」

ちゅ、と軽いリップ音を立て、頬に柔らかな熱が触れる

「鷹くん…私をいくつだと…。」

「何言ってるんだ、日向はいくつになっても可愛いんだよ。でもやっぱり最近は大人っぽくなったよなぁ。兄ちゃんはちょっと寂しいぜ…。」

「あのね…。」

頭を撫で、そのまま額にキスをされる
龍が居ないと宮地家に来ないから、鷹くんと会う機会も減ってしまった
今日は久しぶりだからか、甘えたいらしい
まぁ良いか、とされるがままに大人しくしていたのだが、次の瞬間、そんな考えは一瞬で吹き飛ばされた




「――何をしているんだ兄貴っ!!!」




聞こえてきた怒号に、鷹くんが小さくゲ、と呟いた
ぱっと振り返れば、懐かしい姿
大好きな相手に、笑みが零れる

「龍!」

鷹くんの膝の上から降りて、龍の元へ駆け寄る

「お帰りなさい!久しぶりだねっ。」

嬉しさのあまり勢いを殺すことなく龍の胸に飛び込んだ
驚いたように息を詰めたけど身体は倒れることもなく、私を抱き留めてくれる
久しぶりの龍の匂いや体温に、安心すると同時に少しだけ胸が高鳴るけれど、それも心地がいい
そんな上機嫌な私の上から降ってきたのは、地を這うような不機嫌な声だった

「……兄貴。」

「あ〜…ははは…。久しぶりだな〜龍。また背伸びたんじゃないのかー?」

「兄貴、さっき日向に何をしていたんだ…?」

鷹くんの挨拶には耳も傾けず、龍が問いかける
誰が見ても明らかなくらいの怒りを込めて

「龍?」

「日向も!何をあんなにも簡単に、き、キスなんてされているんだ!」

「えっ?き、キスって、ほっぺとかおでこじゃん。ずっと前から鷹くんにはされてたし…」

「何だって!?」

「いやいや待て!!落ち着け龍っ。俺は何も疚しい気持ちは一切持っていないぞ、神に誓える!!」

虎牙が見たら泣くんじゃないかと思うくらいの形相で睨まれた鷹くんが、必死に叫ぶ
引き攣った笑顔でこちらから距離をとる鷹くんに、首を傾げた

「え?鷹くん龍にもやってるって言ったよね?」

「こいつが俺相手にそんなことするわけないだろう!?兄貴…どういうことか説明してもらおうか…!?」

「……あ、俺そう言えば用事があったんだったー!わりぃな龍、俺ちょっと出掛けて来るわ!」

「なっ、そんな嘘に騙されるわけないだろう!?」

「あ、日向ー、お前はゆーっくりしていって良いからな?寧ろそのまま龍を離さないでくれっ。」

「え、え?」

早口で捲し立てられ頭が追い付かない間に、鷹くんが私と龍の横をすり抜けて玄関へと走り去る
龍も反射で追いかけようとするが、抱き着いていた私がそれを阻み鷹くんを追うことは叶わなかった
急に静かになったリビングで、一度お互い顔を見合わせる

「…とりあえず、いい加減離せ。」

「えー?久しぶりだからもう少しこのままが良いんだけど…。」

「ダメだ。ほら、早く離れろ。」

やんわりと肩を押され、仕方なく龍から離れる

(いつもなら良いって言ってくれるのに…。)

改めて顔を見た龍はいつも以上に眉間の皺が深くて、久しぶりに会えて嬉しかった気持ちが少し萎んでしまった

「…龍、」

「日向。」

鋭い声
あ、怒られる。
長年の勘がそう言っている
けれど何故怒られるのか検討がつかず、たただ背筋を伸ばす

「お前、いつもあんなことさせてるのか?」

「あんな?……鷹くんのあれ?だって挨拶みたいなもんだって言われたし、鷹くん相手だし別に…」

「ダメに決まっているだろう!ったく、日向がそんなんだから兄貴も付け上がるんだ!」

「付け上がるって…別に口じゃないし、鷹くんはお兄ちゃんみたいなもんなんだから。そんなにムキにならなくても良くない?」

「ほぉ…?」

というか、久しぶりに会ったのにどうして早々に叱られるんだ私
ただでさえ甘い雰囲気にならない龍相手に今からこれじゃぁ、今日は絶対にいちゃいちゃできない気がしてきた
どうにか機嫌は直らないか、と考える私に、龍が一言、言った




「じゃぁ、日向は俺が他の女にキスをしても平気なんだな?」




「……え?」

「お前の言い方だと、俺がお前じゃない誰かの頬や額にキスしとも良いってことだろう?」

その台詞に、私を睨みつける瞳に、一瞬、頭が真っ白になった

龍が、キス?

私じゃない誰かと?

――私にもそんな風に触れたこと、ないのに?


「…だ。やだ、やだよ龍っ。」

「っ、」

「そんなことしないで。だって龍は私のだもん。私以外の人に、そんな風に触らないでよ!」

龍のTシャツに縋り付き、懇願するように紡ぐ
たとえそこに恋愛感情がないんだとしても


考えるだけで、こんなにも胸が痛くなる


嫌だよ、龍


「…わかった。わかったから、そんな泣きそうな顔をするな。」

くしゃ、と
少し乱暴に髪を撫でられる
困ったように眉を顰めていたが、先程よりもその顔は柔らかだ

「大体、お前はそんなにも嫌がることをやらせてたんだぞ?」

「は、反省します…。」

「なら、これからは不用意に兄貴に近付くんじゃないぞ。」

近付くのもダメなのか、と思ったけれど、ここで反論なんて出来ない
こくりと頷いた私の額に、そっと龍の長い指が触れた


「りゅ、っ、」


柔らかい熱が、額に口づける
予想だにしなかったその熱に、びっくりして龍を見上げれば、ほんの少し顔が赤かった

「しょ、消毒だ…。」

少し視線を逸らしながら呟いた龍に、胸がドキッとした
手を繋ぐのも抱きしめてくれるのも、いつも私がねだらなければしてくれないくせに

(せ、星月学園で何を学んできたんだろう龍は…!?)

「……おい、」

「え!?」

「…額、だけだろうな?さっきされたの…。」

「ほっぺたも、だ、けど…」

馬鹿正直に言ってしまったけれど、言わない方が良かったかもしれない
心の準備が、何にも出来ていないのだから

「り、龍…」

さっき鷹くんが言ったように、少し成長した身体を屈め、龍の顔が近付いて来る

(ぅ、わ…っ。)

恥ずかしさに目をぎゅっとつむれば、音もなく唇が頬に触れた
うっすら開いた視界に映ったのは、少し熱っぽい紅茶色の瞳
呼吸音すら聴こえるくらい近くにいるなんて、17年間の内、どれくらいあっただろう

「……日向、」

左手が、優しく優しく私の頬を撫でて、包み込む
いつもより、熱い掌
緊張している声色
そんな龍の空気にあてられ、私もほんの少し熱い息を吐いた

「りゅう、」

私の呼ぶ声に応えるように、ゆっくりと唇が重なる
それはすぐに離れ、何かを確かめるみたいに、もう一度触れ合った

「……ん、」

触れた唇から、熱が広がる
優しくぎこちない熱が、言葉以上に愛を教えてくれている気がして、何故だか泣きそうになった

そっとキスを止め、髪が、鼻が触れるほど近くでまた見つめ合う




「……唇は、初めてだよ…?」




ドキドキしすぎて震える声でそう伝えれば、龍は真っ赤な顔で苦笑いしてみせた

「…そうじゃなかったら、俺がどうにかなってただろうな。」

こつん、と額と額を触れ合わせ、日向、と酷く甘く、名前を囁かれる




「もう一度……良いか?」




心臓が有り得ないくらいに高鳴って、これ以上こんなことしてたら倒れちゃうんじゃないかって思うのに





龍の綺麗な紅茶色の瞳と目が合った瞬間、気が付けば今度は私から、その唇に触れていた











(え!?何お前らキスまだだったの!?嘘だろ!?)(黙れ兄貴!!)(夕飯中に話さないでよそんな話っ!!)



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