夏休み
全寮制の学園へと進学してしまった幼馴染が久しぶりに帰省した
そして思い出話と写真を見せてもらう内に、嫌でもわかった

あぁ、梓は夜久さんが好きなんだ

手の中で可愛らしく笑う女の人に、静かに唇を噛み締めた



「可愛い、人だね。」

震えそうになる声を必死で抑えて紡げば、そうだね、と肯定の声が梓の部屋に響く

「でもその割に結構危機感ない人だから、見ていてこっちがひやひやする時あるけどね。」

「あぁ…。だけどこんなにも可愛くて、格好良い幼馴染が二人もいたら、そうなっちゃうのも仕方ないと思うなぁ。」

「え?」

「可愛さって自分よりも周りの方がわかるでしょ?小さい頃からこんな可愛かったら、俺が守らなきゃって、えーと、東月先輩と、七海先輩、だっけ?二人が一生懸命夜久先輩のこと守っちゃうんだよ。だからあんまり危険な目にも遭わないで真っ白なまま育っちゃうってこと。」

借りていた写真を梓に返しながらそう紡げば、梓は感心したように声を漏らした

「…なるほど。一理あるね、それは。」

「でしょ?」

「というか、よく東月先輩たちの名前も覚えてたね。」

「そりゃぁ、梓が話したことだもん。覚えてないとまた馬鹿にされちゃう。」

――嘘

本当は、梓の話すことなら全部覚えておきたいから
どんな話だって、忘れようとは思わないだけ
たとえ、梓の好きな人の話だって


「でもあれだね、絶対東月先輩達、夜久さんのこと好きなんだろうなぁ。」

「流石にそこまで親しくないからそれは解らないけどね。」

「だってこんな可愛いんだもん、少女漫画の王道だよ!」

「少女漫画?」

きょとんする梓に、そういう反応でも仕方ないのか納得する
多分、梓の人生で早々関わることのないものの一つだろうな、少女漫画

「いつも一緒にいる幼馴染のこといつの間にか好きになってた、とか。急に異性として意識し出したり、とか。そう言うのが見てて可愛いんだよねー。」

でも今回の場合だと三角関係…いや、梓もいるから四角関係?
そういう少女漫画では、大概梓はポジションは当て馬なんだけど、多分言ったら叩かれるから言わないでおこう

「へぇ…、少女漫画ってそういうもんなんだ。面白いね。」

「え?何、梓興味あるの?」

意外、と言外に紡げば、梓は二・三回瞬きをしてから、少し面白そうに笑った

「あぁ、そっちじゃなくて、シチュエーションの話。」

「シチュエーション?」

梓の言葉の意味がよくわからず首を傾げる
すると梓は椅子から立ち上がり、徐に私の隣に腰掛けた
久しぶりの近い距離に心臓が驚いていたところ、そっと指先が頬を撫で、身体ごと驚く
何、と問い質す前に、不敵に目を細め笑った梓が低く、囁いた




「じゃあ日向も、セオリー通り僕に恋をしているの?――可愛い幼馴染さん?」




甘く、意地悪な声が、とんでもない台詞で鼓膜を震わす
予想だにしていなかった梓のそれにうまい言葉も出てこなくて、顔に熱が集まることだけがわかった

「な、なん、」

「だって日向がさっき言ったんだろ?」

「そ、それは夜久さんの話であって!私の話じゃ…!!」

「こんな真っ赤な顔で否定されてもなぁ。」

「ひゃっ、」

するりと頬を滑る指先の感覚に、身体が跳ねあがる
そんな私の反応に気を良くした梓は、一層笑みを深めて距離を詰めてきた

「ねぇ日向、本当に違うの?」

すぐ耳元の声に、嫌でも心臓は反応するけれど、この高鳴りは純粋なそれだけではない
梓の意図がわからなくて、不安なんだ
こんなことを聞いて何になるんだろう
だって



「梓は私を、好きになんてならないじゃない…!」



この恋は少女漫画のようにハッピーエンドにはなってはくれないのに



自分で紡いだ言葉が、予想以上に自分に突き刺さり、胸が苦しい
鼻の奥がつんとして、ぎりぎりのところで何とか泣くのを堪えていると、前からあからさまな溜め息が聞こえた

「僕も大概、甘やかしすぎたかな。」

「…え…?」

「こんな真っ白のまま高校に僕なしで通ってると思うと、ひやひやするよ本当。」

「あずさ…?」

「さっき言っていた東月先輩たちの幼馴染論、僕たちにもちゃんと当てはまってるんだからね。」

こつんとおでこを寄り添わせたかと思うと、すぐ傍の綺麗な紫の瞳が柔く細められた






「日向が好きだよ。幼馴染なんかじゃ、いい加減満足できないんだ。…恋人になってくれる?」







「………………うそ。」





一言

震える声で紡いだ台詞に、目の前の幼馴染は呆れたような蔑むような目で私を見下ろした

「…あのさ、人の一世一代の告白お前は何だと思ってるの?」

「だって梓、夜久先輩が好きなんでしょ!?」

「はあ?」

「人を褒めることだって珍しいのに、尊敬してるし、こんなにも可愛いし第一今日夜久先輩の話しか聞いてないもん!それしか話してないもんそれって好きってことじゃないの!?」

「あぁ…そういうこと。」

納得したように呟かれた言葉がどういうことかなんて全く分からず首を傾げた私に、眉間の皺が可愛くない、と眉根を押しながら梓が言う

「あれは、他に話題がなかったからだよ。」

「は?」

「もっと詳しく言うなら、日向に話せる話題が夜久先輩の話くらいしかないだけ。」

「…ごめん、もっと易しい言葉で言ってほしいかも…。」

弓道部の話題くらいあるだろうし、翼くんのことだって知っているんだからわかりやすいのに
益々謎が深まるばかりで混乱していると、梓がぽん、と私の頭を撫でた

「自分から他の男の話題振っておいて、興味持たれてやきもち妬いたりなんて面倒くさいだろ?」

少し困ったみたいに眉を下げて笑う梓に、私の心臓が不覚にも高鳴ってしまって

「さて、誤解も解けたみたいだし、そろそろ良い?」

「え、」




「僕の可愛い幼馴染は、誰が好き?」




改めて訊いてきた梓の顔は自信に満ちているもんだから
憎たらしいな、なんて思いながらも、そっと耳元に唇を寄せた






幼馴染から、恋人になる魔法の言葉を紡ぐため





(正直東月先輩達の名前を覚えてるのも気に食わないんだけどね。)(へ…!?)



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テーマ「人外ファンタジー」
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