それでも、私は




「、」

「あ…、」

穏やかな昼休みを屋上庭園で過ごそうと足を運んだものの
扉を開けば綺麗な紫色の瞳と目があった

「……」

お互い何も喋らないのはきっと、先週の弓道部での一件のせいだ
あんな厭味たっぷりに喧嘩を売るなんて、今更ながらに馬鹿だった
気まずくて気まずくて、こんなところで昼休みを過ごせる程神経は図太くない

「…お邪魔しました、」

そう言って、立ち去ろうとした

のに



「あっずさー!!」



ガンっ!!!



後ろから音がしたかと思うと、次の瞬間、後頭部に激痛が走った

「い…っ!」

「皇!?」

「ぬ、女子!?」

「そこじゃないだろ翼。」

扉を開けた張本人を注意しながら、木ノ瀬が寄ってくる

「皇、平気?」

「平気じゃないけど……突っ立ってた私が悪い、から…っ」

でも痛い…っ、と振り絞るように紡げば、ぶつけた場所にふわりと何かが触れた

「ごめんちゃい…」

なでなでと、労るような大きな掌
大きな身体をちまっと丸めて、眉を下げた男子がしょんぼりと謝ってくる
大型犬を彷彿とさせる彼に怒りなんて沸いて来るはずもなく(私も悪かったわけだし)思わずその頭を撫で返す

「私も不注意だったから、気にしないで。」

ね、と諭すように言い聞かせれば、目の前の彼はぱぁっと顔を明るくさせた
けれど初めて目が合った瞬間、その表情がきょとんとする

「ぬ?」

「ん?」

「…見たことある顔なのだ。」

「…今年唯一の女子だからじゃない?」

「ぬー、もっと前に見たことあるのだー。」

「私は初対面だけど…ってちょっと、近い、近い近いっ。」

じぃぃっと至近距離で見詰めてくる相手の身体を思わず押し返す
というかこの顔、私こそ知っている
入試をトップで入学した宇宙科の天羽くんだ
そして入学早々派手に生徒会会計に任命されていた、あの天羽くんだ
遠目でしか見たことがなかったが、こういう人なのか
背も高くて顔も整った初対面のイケメンに、押し倒される寸前な私はどうしたらいいんだろう
私の制止を聞かずに顔を寄せてくる天羽くんに困っていると、私の背後からすっと手が伸びてきて、天羽くんの身体を押した

「翼、多分弓道の大会だよ。僕の応援に来た時に見ただろ?女子の部の優勝者。」

私を庇うように抱き寄せ天羽くんから離してくれた木ノ瀬の言葉に、天羽くんが目を輝かせる

「あの上手かった女子か!?袴じゃないと雰囲気変わるんだな!」

「あぁ、まぁね。」

「俺、あの弓すっごく好きだぞ!すっごくかっこよかった!!」

「つばさ、」

てらいもなく紡がれたその言葉と、屈託のない笑顔
気が付いたら私も頬が緩んでしまっていた

「ありがとう。そう言って貰えるなら、引いてて良かったって思えるな。」

そう言って、彼の前に手を差し出す

「女子じゃなくて、皇遥って言うの。星座科の一年。よろしくね、天羽くん。」

しばらく私と手の間を視線がうろつき、目をぎゅっとつむる
それに首を傾げていると彼はにぱっと眩しいくらいの笑顔を見せてくれた

「俺は宇宙科の天羽翼!よろしくな、遥!」

「あ、早速名前呼びなの?」

「俺も名前で良いぞー!」

「痛い痛い、痛いから翼くん。」

「ぬはは、気にするな!」

いや、するから。
ぶんぶんと握手をしたままの手を振られ、思わず苦笑する
ようやく解放され後ろを振り返れば、何故か目を丸くした木ノ瀬と目が合った

「何?」

「いや、案外友好的なんだなって思って。」

「…あの日は陽日先生に無理矢理連れて行かれた上、木ノ瀬の発言にイラッとしてただけで、いつもあんな機嫌じゃないから。」

先に立ち上がった木ノ瀬に差し延べられた手をやんわり断り、自分で立ち上がる
この間も思ったけど、近くだと木ノ瀬は背が意外にも高い(本人に言ったら怒りそうだけど)
見上げた彼は少し眉をひそめていて、いや別に嫌いとかじゃないんだよ、と小さくフォローをする

「あんなにも弓を引けたくせに、あっさりと辞めようとしてたなんて言われて、かなり腹が立ったの。久しぶりに弓道を見ちゃったし、余計感情高ぶっちゃって……、ま、完璧にただの八つ当たりなんだけどね。」

「皇、」

「でも残念。」

何かを言われる前に、とん、とその肩を叩く

「もしあのまま私が弓道続けてたら、木ノ瀬と勝負出来たのにな。」

それは、本心だった
あの弓と勝負出来たなら、きっと楽しかっただろうな
少しそれは心残りだったけど、今の私にはどうすることもできない

「ぬ。遥、もう弓道してないのか?」

「そうなの。好きって言ってくれたのにゴメンね。」

「もう好きじゃないのか?」

痛いところを抉るなぁ、とは私も思ったけど、へらりと笑い返す
こんなことで、傷付いたりしない
苦しくて悔しくて辛くて、泣いて泣いて
涙なんてもう枯れてしまった
それでも



「――好きだよ、凄く。凄く凄く、大好き。」




この気持ちは、消えたりしなかったけど




「だけど指痛めちゃったから、弓道部には入れない――」




不意に、手首に熱が触れた

「っ、…木ノ瀬?」

見ると木ノ瀬の手がそこを捕らえていて、私は思わず目を丸くした
けれど木ノ瀬はなんだか真剣な顔で私を見て、ゆっくりと口を開いた



「見つけたぞ皇ー!!」



バァン!
そんな効果音が似合う音が後ろからして、木ノ瀬の言葉が掻き消される
ついでに手もびっくりして放された

「は、陽日先生?」

全員でそちらを振り返れば、最近姿を見ることのなかった陽日先生が全開の笑顔で立っていた

「皇!」

「はいっ?」

「お前、弓道部に入らないか!?」

「…………はい?」

目をきらきらさせて、陽日先生はそう言った
あれ?デジャヴュ?

「先生…私この間言いましたよね?弓はもう引けないって…」

「違う違う!マネージャーとしてだよ!」

「マネージャー…?」

「おう!木ノ瀬も入部してくれたし、合宿も予定してる!そうなるとマネージャーが居てくれると部員は凄く助かるだろ?加えて皇は経験者だ。お前なら皆をより良くサポートしてくれるはずだ!」

「はぁ…」

まくし立てるような説明に、思わず気の抜けた声が出てしまった
だってマネージャーなんて、考えたこともなかった
返事に困っている私に、先生は今度は少し真面目に、言葉を紡ぐ

「お前あの日、弓を引けない人間は道場には居る意味はないって言ったよな?」

「それは…そうでしょう?」

「それは違うぞ、皇。」

「え?」



「道場は、弓が引ける奴が居る場所じゃない。弓道が好きな奴が居る場所だ。」



「、」

「お前、弓道を辞めたくて辞めたわけじゃないだろ?まだ、好きなんだろ?それなら、少しくらい関わり続けてても良いんじゃないか?繋がってても、良いんじゃないか?」

「…せんせい…」

びっくりした
そんな考え、したこともなかった
ずっとずっと、引けないなら
私はあそこに居る意味はないと、ずっと思っていたから

居ても、良いのだろうか?

あの空間に、あの世界に

私は、居る意味を見出だして、良いの?



「良いんじゃない?マネージャー。」

「木ノ瀬…」

「陽日先生が言う通り皇は経験者だし、ましてや僕と同じ四段だ。アドバイスがあれば、他の部員も刺激になるだろうし、もっと成長できると思うよ。」

「だろ!?木ノ瀬もそう思うよな!?」

「はい。それに――大好きなんだろ?弓道。」

それは正しく、さっき自分が紡いだ言葉
目の前の笑みに、なんだかしてやられた感が否めないけれど

「うぬ、我慢は良くないぞ!」

畳み掛けるみたいな翼くんの台詞に、とうとう私は笑いを噴き出してしまった

「あーもー。わかりました、わかりましたよ!三対一とか、卑怯じゃないですか?」

「皇…!」

じゃぁ!と期待に満ちた陽日先生の笑顔に、私も笑みを返す

「明日入部届、提出しますね。」

その後、陽日先生の歓喜の雄叫びが響いたのは、言うまでもない



思いもよらぬ方向に進みはじめた私の高校生活は



これからどんな色に輝くのだろう?



(改めまして、はじまりはじまり)







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