何度もその姿を見たことはあった
きっとそれは相手もだろう
けれどまさか、こんなところで会うなんて思わなかった
もう一生、弓道に関わらないと思っていたから
「何だよ木ノ瀬、知り合いか?」
「知り合いと言うほどの関係じゃないですよ。大会で見たことがあるだけですから。」
「大会?てことは経験者なのか?」
「まぁ。お互い目立ってたから存在は知ってたけど、木ノ瀬と話すのは今日が初めてです。」
「木ノ瀬が目立ってたのは何となくわかんなー。ってことは、お前も上手いってことか?」
「はぁ、そこそこ…。」
眼鏡をかけた先輩の問い掛けに曖昧に返すが、何故かそこで目の前の木ノ瀬が口を開いた
「僕ら世代の弓道経験者なら絶対に知ってる人物ですよ。中学時代、女子の部個人戦の優勝者は毎年皇でしたから。」
「マジで!?めちゃくちゃすげぇんじゃねぇのそれ!」
「そこそこどころじゃねぇじゃねぇか!」
「あー…そうですね…。」
「まぁ、僕は入学の時から知ってましたけどね。今年唯一の女子ですし。でも、弓道部に近寄りもしないから、皇も辞めたのかと思ってたよ。」
「…も?」
木ノ瀬の発言に僅かに眉をひそめれば、木ノ瀬は肩を竦めてみせた
「あぁ、僕は弓道は中学2年の時に辞めたんだ。張り合う相手もいなくなったし、興味もなくなったから。けど、陽日先生に引っ張ってこられて…ね。」
――何、それ
スッと
自分の心が急激に冷えていく
気が付けば、口元がいびつな嘲笑を象っていた
「さすが、天才は言うことが違うんだね。」
私の言葉に厭味が含まれていることを感じ取ったのか、木ノ瀬の表情が僅かに変わる
「何?皇だって同じようなもんだろ?もう引く気なかったからここに来なかったんじゃないの?」
「っ、あんたと一緒にしないでっ!!」
カッと
冷え切ったはずの心に熱が戻り、気が付けば叫んでいた
すぐに我に返って口を塞ぐが、目の前の木ノ瀬はおろか他の部員全員が驚きに黙り、嫌な沈黙が流れる
やってしまった
自分の失態に気付き、頭を下げる
「…すみません、怒鳴ってしまって。」
「いや、大丈夫だよ。」
ふわりと、空の色みたいな髪をした先輩が微笑んでくれたが、心の中はぐちゃぐちゃだ
やっぱり、来るんじゃなかった
「先生、すみません。やっぱり私、入部は出来ません。」
「皇…っ、」
「――引かないんじゃない、引けないんです。」
あぁ、自分でその事実を認めるのは、やっぱり辛い
現実から少しでも目を逸らしたくて、だからこそ陽日先生のこともはぐらかしていた
けれど、本当のことを言わなくたって、現実は変わりはしない
ぎゅぅっと右手首を左手で掴み、苦々しく吐き捨てた言葉は、どこまでも昏い色をしていた
「春休み中に交通事故に巻き込まれて…日常生活は大丈夫なんですが。もう二度と、以前のようには弓は引けなくなりました。」
「……、」
「弓を引けない人間が、ここにいる意味はないです。」
もう二度と、あの的に私の放った矢が刺さることはない
(目の前の、木ノ瀬の瞳が僅かに揺れた気がした)
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