(…タオルを片付けてる間に何があったんだろう…)

道場に戻って最初に思ったのはそんなこと
練習中とはまた違う緊張感に張り詰めた道場で、その中心にいる4人に視線をやる
インハイメンバーが決まった直後の道場は、何やら不穏な空気をしていた





(まぁ、こうなることも予想してなかったわけじゃないけれど……想像以上に宮地先輩が怖い。)

よくあんな空気の中で平然としていられるな、と木ノ瀬に思う
ぶれないところが、彼の長所で短所だ

「宮地先輩は、僕と組むのがそんなに嫌なんですか?」

少し離れたところで、他の部員と同じように二人のやり取りを見ていると、案の定話題はインハイの団体戦のことらしい
木ノ瀬の投げ掛けた言葉に、宮地先輩は僅かに目を伏せ、改めて彼をきつく見遣る

「…俺は、部長と顧問が決めた事なら反論はない。だが、お前は認めていない。お前には、試合に対する緊張感とか、弓道に対する情熱が全く感じられない。」

「、」

ひゅ、と
少し喉が鳴る
張り詰めていた空気に、一石が投じられたような、そんな変化

木ノ瀬の表情が、僅かに歪んだ

「あ…あの、」

月子先輩もそれを感じ取り仲裁に入ろうと弱々しく声を出したが、それは黙殺されてしまった

「言っておきますが、僕は手を抜く気はありませんよ。それに、勝てば何でもいいとは言いませんが……努力や情熱だけで、大会に出られるんですか?」

「弓道に懸ける情熱のないお前に、とやかく言われたくない。」

「じゃあ、何をもってすれば情熱なんですか?毎日倒れるまで練習すれば、それが情熱なんですか?努力がそんなに尊いんですか?努力は結果よりも、そんなに偉いんですか?」

「木ノ瀬が言ってるのは詭弁でしかない。まずは態度でやる気を示せ。」

「2人ともやめて!」

「宮地くん!木ノ瀬くん!」

「部長…今日だけは言わせてください!木ノ瀬には、はっきり言わないと分からないんです。」

「宮地くん、でも…!」

「………」

二人の制止を聞かず、宮地先輩が声を荒らげる

(これは……)

いよいよ空気が悪い
こんなにも怒る宮地先輩は初めて見た
けれど、何と言うか相手はあの木ノ瀬なのだ
応戦しないわけもなく、少しムッとした表情でそれに応える

「どうぞ言ってください。仏頂面でブスっとされてるよりはマシです。」

「…いいだろう。はっきりさせようじゃないか。木ノ瀬はどうして弓道部に入った?」

「弓道部に入った理由ですか?…僕は夜久先輩の射形に刺激を受けました。それが入部動機です。初めて越えたいと思った存在が夜久先輩だっただけです。それ以上でもそれ以下でもありません。」

「そこに弓道に対する情熱はないな。自分さえ良ければ、周りに迷惑をかけてもいいと思っているのか?」

「っ、宮地先輩、」




「いい加減にしろ!」




反射的に声をあげてしまった瞬間、道場に響き渡る怒号

「部長…」

「………」

「神聖な道場でののしりあうなんて、何を考えているんだ!弓道は精神競技。そんな状態で競技に臨むのは許さない!」

「部長…」

部長は宮地先輩と木ノ瀬を見据え、いつもよりもきつく2人を咎める
そこに優しい部長はいなくて、私は声を出すことも出来なかった

「宮地くん…副部長が、後輩相手にムキになってどうする。弓道が精神競技だという事はよく分かっているでしょう。それに、他の部員に示しがつかない!」

「…すみません。」

「木ノ瀬くん…結果も大切だけど、努力も大切なんだよ。努力して練習した分だけ結果に近付くんだ。弓道が精神競技である以上、努力をないがしろにしてはいけないよ。」

「…すいませんでした。」

「もうこんないさかいは許さない。2人ともよく頭を冷やしておきなさい。」

「はい…」

しん、と水を打ったような静けさ
それに弓道部全員がこの二人に集中していたんだと知る
パンパン、と両手を叩く音が静寂を割り、部長が周りを見渡す

「さぁ、もう今日は解散だよ。片付けが終わった人から帰るんだ。」

部長のその言葉に、皆が帰る準備を始める
ざわめきを取り戻した道場に、小さく息を吐いた

「――月子先輩、私達も着替えに行きましょう?」

「え?あ、そうだね。」

未だに少し呆ける月子先輩に声をかけ、私達も更衣室へ向かった







「月子先輩、大丈夫かな…?」

道場に忘れ物をしたから先に帰ってて、と告げて早々に体育館更衣室を飛び出した月子先輩を思い出し、少し溜め息を吐く
あの可愛い人を一人にして何かあったらどうしよう?
そう考えるとどんどん不安が増してきて、心配になってきた

「やっぱり一緒に帰ろう。」

「――皇?」

踵を返そうとして、最近よく聞く声に呼び止められる

「…木ノ瀬。」

「皇一人?夜久先輩は?」

「月子先輩なら今道場に忘れ物取りに行ってるよ。心配だから迎えに行こうと思うんだけど。」

「あぁ、それなら大丈夫じゃないかな?今日の鍵当番部長だから、多分まだいるはずだよ。」

「部長が?…そっか。それなら安心だね。……、」

木ノ瀬の言葉に一つ安堵の溜め息を吐く
ふと、木ノ瀬を今日初めて真っ正面から見たなと思い、その顔をまじまじと見詰めた

「何?僕の顔に何かついてる?」

「いや、案外平気そうだなって思って。」

「え?…あぁ、さっきの?平気も何も、むしろすっきりしてるかな。中途半端に言われるよりもよっぽど良いよ。」

肩を竦めて笑う木ノ瀬に、どういう表情をすれば良いのか、よくわからない

「…木ノ瀬は、宮地先輩の言葉、どう思った?」

「別に…ちょっと引っかかるところはあったけど。まぁ、よくあることだし。あそこまではっきり言ってくれて、むしろ好印象かな?」


よくあること。


その台詞に、僅かに胸が軋む
夏独特の、夜に変わる直前の匂いが鼻を掠め、少しだけ切ない気持ちになった


「ね…木ノ瀬。」


「え?」




「寂しいって、思ったり…しない…?」







――そして、夜が始まる








(瞬く星よ、どうか)



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