今日は遂にインハイのメンバー発表の日
何だか私までそわそわしてしまうし、昨日のことを思いだしたりして正直落ち着かない
気持ちを落ち着ける意味も含めて一人で歩いていると、最近は聞かなかった声が私を呼んだ

「お、皇。なんだ、移動教室か?でも一人は感心しねぇぞ。誰か友達と戯れて行けよなー!」

「…陽日先生。」

「…お?何だ?何でそんなこっえー顔してるんだ、お前…?」

「いいえ。私のこと部活に入れるだけ入れて、全然顔出さない顧問だなぁなんて、思ってませんから。」

「お、おもっきし思ってんじゃねぇかよ…。」

引き攣った笑顔で、陽日先生がじゃぁお詫びにジュース買ってやるから!な!なんて言ってくる

「…イチゴミルク、飲みたいです。」

「おー任せとけ!あ、でも他の奴らには内緒だぞ?」




「どうだ?弓道部は楽しいか?」

ぷす、と買って貰ったイチゴミルクにストローをさして、陽日先生の問い掛けに苦笑する

「楽しい…ですけど。ちょっと…線を、感じました。」

「線?」

私の言葉に、陽日先生が首を傾げる

「…先生。先生も、木ノ瀬を天才だと思いますか?」

「木ノ瀬?」

真っ直ぐに陽日先生を見れば、先生は少し目を見開いた
私は、先生にどういう言葉を期待しているんだろう?
こんなことを訊いても、何の意味もないのに
そう思う一方で、私達よりもずっと大人の陽日先生なら、私達とは違う目線で、何か言ってくれるんじゃないかと思ってしまった

「そう訊いてくるってことは、皇はそうは思ってないんだな。」

そんな私の考えを知ってか知らずか、陽日先生はどこか優しくそう聞き返してくる
それを聞いて、一口イチゴミルクを飲んでから、口を開いた

「…私も、言われてました。天才って…。」

「ん?あぁ、そうだったよな。そりゃお前、女子で中学生で四段なんて、すげぇからなー。」

「でも、私に言わせてみたらただ人より少し要領が良いだけですよ。才能とか…そういう言葉で、何もかも埋められていく感じは、好きじゃない。」

「…、」

「木ノ瀬はあんまり周りとか、評価とかを気にする奴じゃないって思うんですけど…きっと同じ経験や、立ち位置を知ってるはずです。」

天才だから、凡人とは違う
皆とは、違うのだと言い切られてしまう







「先生、“あそこ”は、寂しい場所です。」







そう感じることが、木ノ瀬もあるのだろうか







「…そっか。」

陽日先生の手が、くりゃりと私の髪を撫でる

「…皇は、木ノ瀬と仲良いんだな。同じ1年だし、やっぱり話しやすいんだろーな。」

どこか嬉しそうにそう紡がれ、僅かに顔が引き攣る

「…先生、私もどっちかと言うと喧嘩要員です。」

「嘘、マジで!?」

「だって本当いっつも月子先輩月子先輩うるさいし、言い方も腹立って腹立って…。しかも本人素だからほんっと怖いですんですけど!?天才だからじゃなくてあれは木ノ瀬だけだって!そう思わない先生!?」

「わかった!わかったから落ち着け!イチゴミルク潰す気か!」

手に力入れんな!と宥められ、ようやく我に返る

「す、すみません。…って、何笑ってるんですか?」

「いや、楽しそうだなーって。あと、少し安心した。」

「どこが?」

「そうやって言い合える相手がいるってことも、幸せなことなんだよ。」

「幸せ…ですか。」

「おぉ。笑い合うのも、喧嘩するのも一緒に星見るのも、全部青春の輝かしい一ページになる。お前らは色んな経験を、皆でしていけ。それはきっと将来、かけがえのない財になる。」

「…はるきせんせい、」

「青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ。」

ぽん、とまた頭を陽日先生の手が撫でる
意外にも大きな掌は、優しくて温かい大人の手だった

「俺が好きな言葉だ、良いだろ?」

「陽日先生らしい言葉ですね。」

「だろ?なぁ、皇。」

「はい?」

「“そこ”が寂しい場所だって知ってるなら、そう思うなら、お前がその線を消してやれ。んで、一緒に馬鹿やれば良いんだよ。」

「、」

「お前らなら大丈夫だ。先生は信じてる!」

満面の笑みで、陽日先生はそう言い切った
それが眩しくて、思わず目を細める

「…なんか、熱いなぁ。」

「青春は熱いくらいが丁度良いんだよ!」

「えぇ?その熱さで行ったら木ノ瀬逃げますよ?というか、私も無理です。」

「何だとぉ!?」

「それに、木ノ瀬相手に皆との線消すとか、結構手間ですよ。あんな奴だもん。」

「そこを頑張ってどうにかすんのがマネージャーの仕事だ!」

「適当すぎるから先生!」

そんなマネージャー業務ない!
そう思いっ切りツッコミを入れて、はぁ、と笑いを落とす

「まぁ、それやるためにはまず私が木ノ瀬と仲良くならなきゃ、ですかねぇ。」

「だーいじょうぶだって!皇ならすぐ仲良くなれる!」

「うーん、だと良いんですけどね。」

自分の右手を見て、緩く握り締めた





木ノ瀬


あんたはこの手を取る気はある?





(少し長く感じる一日は、まだ終わらない)




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