Thank you
違和感を感じたのは、朝の登校中
梓くんと二人、いつも通り歩く道に何か足りないものを感じた
昼休み、やっぱりいつも通り一緒に食べるお昼ご飯にも物足りなさを感じて、でもそれが何なのかが解らず首を傾げた
そして放課後
「あ」
「え?」
「あ、うぅん。何でも、ない。」
一緒に帰りましょう、と誘ってきた一つ年下の恋人に対する違和感が何かが、ようやく解った
(手、だ。)
今日一日、梓くんと手を一回も繋いでいない
(そっか、いつも気が付いたら繋いでたから…。)
違和感の正体がわかりすっきりしたけれど、それに伴いべつのもやもやが胸の中に広がり始める
今日は、手を繋いでくれないのだろうか
どちらかというと、梓くんは手を繋ぐのが好きだと思う
一緒に居る時は必ずその少し大きい綺麗な手を差し出して、先輩、と名前を呼んでくれる
最初は恥ずかしくてたまらなかったけれど、どんどんその体温が心地よくて、安心できるものになっていっていた
だから、私も梓くんと手を繋ぐことはとても好きなんだけれども…
「せーんぱい。どうかしました?さっき っからぼーっとしてますけど。」
「え!?ううううん!えーっと、今日の夕食何にしようかなぁって思ってただけだから!」
言ってから、何だか凄く食い意地の張ってる奴みたい、と恥ずかしくなったけれど、梓くんは大して気にする様子もなくくすくすと笑って見せた
「でも、そうやって何が良いかなーって選べるの、ちょっと羨ましいです。」
「宇宙食も味はいっぱいあるじゃない。」
「どれもあんまり代わり映えしないですよ。たまにはがっつり食べたくもなりますけど…あ、でも、それに託けて先輩に学食を少しあーんって食べさせてもらえるのは嬉しいです。」
「な、なんかそう言われると自分で食べてって言いたくなるんだけど…。」
「先輩は優しいから、そんなこと言っても食べさせてくれるって僕知ってますよ。」
にっこりと良い笑顔でそう紡がれては、もう返す言葉も出てこない
でもこの様子からして、別に何か怒らせたわけではないってことはよく解った
(じゃぁ、何で?)
いつも私の左手を包み込む熱がないだけで、こんなにも心許無いなんて
このまま一回寮に戻ったところで、きっとそれ ばっかりが気になって何も手につかないんじゃないかと思う
「…あ、あずさ、くん。」
「はい、どうかしました?先輩。」
怖いくらいにいつも通りなのに、私に触れない、梓くんの熱が切ない
怒っていないように見えるけれど、内心不愉快なんだろうか?
梓くんは自分を隠すことも上手だから、もしかしたら怒るとかじゃなくて、呆れたり、愛想を尽かしているのかも――…
そこまで考えて、心臓がきつく締め付けられるのが嫌というほどわかった
嫌だ、そんなの
梓くんに嫌われるなんて、想像するだけでも、こんなにも辛い
「…先輩?」
「て、」
「、」
たどたどしく掴んだ梓くんの右手を、両の手でぎゅぅっと握りしめる
「私と居る時は…ちゃんと繋いでて…。」
その熱が心地よくて、思わず涙腺が緩んで声が震えてしまった
滲む視界に映る綺麗な、それでいて少しごつごつした、男の子の掌
自分から触れることのあまりないそれが愛おしくて、胸が僅かに高鳴る
「…先輩、顔を上げてください。」
「、」
「すみません、少し意地悪しすぎちゃいました。」
「い…?」
そっと左手を私の頬に添えた梓くんは、申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ
「いつも僕からばかり手を差し伸べているんで…たまには先輩から、おねだりしてほしいなぁって思ったんです。」
「は、」
「でも、泣くくらい僕と手繋ぐの好きなんですね、先輩。」
「…っ!?」
かぁ、と
顔が一気に熱くなるのがわかる
つまり、私はまんまと梓くんの思惑通りに動いてしまったということか
「しゅ、趣味悪いからね…!?」
「すみません。だけどそう言いつつ手を離さない先輩が可愛いですね。」
「だって繋ぎたかったんだもん!」
恥ずかしいし悔しくてたまらないけれど、今日ずっと触れられなかったんだ
ちょっとやそっとで離してやれるはずもなく、意地でも離さない、とムキになってそう紡げば、梓くんは少し目を丸くしてから声を出して笑い出した
「あははっ。先輩って本当に可愛いですね。」
「梓くんは本当に意地悪だよね…。」
「怒らないでください。ちゃんとご褒美、あげますから。」
「え、」
ご褒美?と尋ねるために上 を向いた瞬間、顔に影がかかる
「、」
軽いリップ音と、柔らかな熱が唇に触れ、身体が震える
驚いて固まる私にすぐ傍の梓くんは優しく微笑み、もう一度、今度はゆっくりとキスを落としてみせた
「可愛いおねだり、ご馳走様でした。先輩。」
満足そうにそれはそれは良い笑顔で笑う梓くんに、口の端が引き攣るのが嫌でもわかる
「ほんっと意地悪だね、梓くん…。」
「そんな僕が好きなんでしょう?」
「今日は夕食あげない…。」
それは困ります、と不満を口にする梓くんの言葉なんて全部無視して、またゆっくりと歩きだす
お互いの掌だけは、しっかり繋ぎとめたまま
(じゃぁもう一回ご褒美あげますから。ね?)(いりません!)
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