ガジガジと、口の中のストローの端っこを遠慮なく齧る。そんな癖なんてなかったはずなんだが、最近は気がついたらこうだ。
お陰さまで爽やかな香りのジュースの流れが滞り、その度に舌先で潰れた先端を元の円に直す。暫くすれば、またずるずると大袈裟な音がした。
いつからだろう、少なくとも、海に出てからだ。
一人で寝て、一人で起きて、村を朝っぱらから賑やかし、チビたちと海賊ゴッコ、時々お屋敷に忍び込む。
そんな日常に別れを告げて、メリーに乗ってここまで来た。今日もメリーのピークヘッドの上で、うめぇーっなんて間の抜けた声を上げながらおれのと同じジュースを秒で飲み干す船長に、巻き込まれるように増えていくクルーたち。
───あぁ、そっか、そもそもストローでジュースを飲むなんて事が村ではほとんど無かったんだ。だとすれば、ストローで飲むようなお洒落な飲み物が提供されるようになってからなのだろう。
つまり、
「サンジー!おかわり!!」
「おめーはもうそれ3杯目だろーが!マリモが飲まねェみたいだから貰っとけ!」
「わかったそうする!ゾーーローー!!」
後甲板で昼寝でもしているであろうゾロのいる方へ、マストにゴムの腕を伸ばしたルフィが文字通り飛んでいく。
飛びすぎませんよーに、とたまにやらかすアホみたいなミスを心配して目で追うが、今回は水音がしなかったし何よりゾロの『ぐえっ』なんて間抜けな声が聞こえたから無事タックルでもされたか、真上に落ちたかだろう。ついでにチョッパーの可愛らしく驚く声も聞こえた。
そのまま視線を下げると、ミカン畑の脇で優雅にティータイムと洒落混むナミと、ロビンと、それから、最初からストローのささったジュースを提供してくれちゃうエロコック、ことサンジ。
揃ってルフィを目で追っていたから後頭部。
「まぁたやってんの……バカみたい。」
「船長さんはいつも元気ね」
「アイツは喉乾いたら水で十分なんですよ、水で。さ、おかわりは如何です?」
仕切り直し、とサンジがいつものくねくねとした謎の動きで女二人に奉仕するのをぼやっと眺める。
よくもまぁ、毎日毎日飽きないものだ。
カチカチ歯を鳴らしてみるとまた飲み口が塞がって、おれのグラスのジュースはまだ半分ほどしか減っていない。結露がグラスを持つ右手を伝って肘から落ちる。
「オイコラ、長ッ鼻」
すっかり気を抜いていたので急に掛けられた声に大袈裟なくらい肩が揺れた。
背後から聞こえたその声は今さっきまで自分が視線で追っていた筈のそれその人で、ハッと意識してミカン畑を見てみるとナミもロビンも部屋へ戻ったのか、そこには既に誰も居ない。
「聞いてんのか?何ぼさっとしてんだ、折角おれが丹精込めて作った特製ミックスジュースが進んでねェようだが………不味いだなんて言わねェよな?」
もくもくと、口の端から吐き出されるタバコの煙に、普段よりも極僅かだが低いこれは苛立っているときの声音。そんなことが分かるくらいには一緒にいるのだが、怒らせたサンジの相手はおれには確実に無理なのでご機嫌取りに動くしかない。
先ずは適当な言い訳と謝罪、開いた口から咥えたままだったひしゃげたストローの先が落ちて、グラスの縁を滑るように揺れる。
「いや、ほら、ちょっと新兵器の構想を練っていてだね!………ゴメンナサイ、ぼーっとしてましたぁ……美味いよ、美味い!」
「アホか、いつも上の空だからルフィに先越されてんのに学習しねェなテメーは。美味いのは当然なんだよ……あぁ、折角絞りたてだったのに氷もすっかり溶けてんじゃねーか」
ついと、おもむろに距離を詰めおれのグラスを覗き込んでくる金髪がさらりと目の前で揺れるもんだから、咄嗟に体を引いた。一瞬此方を向いたサンジと目が合うが、ひくりと寄せられた眉根を見てしまうと怯んで動けない。
これは無意識と言うかヤベーセンサーというか、とにかくわざと避けているわけではけして無いし、離れてぼんやりしていたおれ相手にまで様子を見に来てくれるなんてコイツ口は悪いけど優しいとこあるんだよ、うん、だなんて脳内で無理矢理賛辞する。あ、気付いた?サンジだから賛辞、じゃねーって、おれ。
「おかわりが欲しかったら今すぐ飲み干せ、いらねェんならチョッパーにでもやるからな」
今さら気付くがその手には、最後の一杯程度が残ったジュースのピッチャー。おれの前で屈んだままのサンジはさっさと空にしてしまいたいのだろう、早く飲めという威圧を感じる。
いらないなんてことは勿論無いので2、3度頷き、ストローを咥えようとしたおれの舌先とニアミスで、伸びてきた二本の白い指先がストローの先端を捉えるものだからそのままちょっと舌を出した間抜けな表情で固まるしかなかった。
「毎回毎回先端潰れてんのがひとつあると思ったらやっぱ犯人テメーか!あのなァ、使い捨てったってもっと大事に扱えよ」
「あ、…おう、悪ィ……?」
「気ィつけろよ……ったく、おら、もう噛むんじゃねーぞ。ロビンちゃんに聞いたんだがストロー噛むのは承認欲求強いヤツが多いらしいぜ?らしくもねー、……いや、ホラばっか吹いてるからあながち間違ってもないのか?………ん。」
「へっ?」
「飲めって」
ずいっと差し出されたのほ、サンジの指でまた綺麗に元通りにされたストローの先。摘まんだままのそれを無理矢理開いたままだった口の中に突っ込まれた、指ごと。
「!?」
(触っ、くちびる……指っ!!)
離れていく指先に、唇が一瞬だけ触れた感覚が残って訳もわからず目を白黒させる。それでも未だ目の前に見張るように仁王立ちするサンジの気配に早く飲まなきゃ、という意識だけはあったものだから勢い良く吸い込んで、飲みきる頃に噎せる。
ゲホッ、と何度目かの咳払いで漸く収まった息苦しさに顔を上げると逆光でその表情ははっきり見えないが、小刻みに肩を揺らしているので笑っているだろうサンジが空になったグラスになみなみとジュースを注いできた。
「これ以上温くなったら飲めたもんじゃねーぞ。グラス、後でキッチン持ってこい」
ついでに芋の皮剥き手伝え、とか何とか聞こえてきたからグラスと、去っていく後ろ姿とを見比べる。
今度は慎重に咥えたストローからは、サンジの指に染み付いたタバコの味がする気がして、手伝いめんどくせー、なんて思いながらもさっき言われた承認欲求?とやらについて考える。サンジが此方を見て、キレて、呆れて、笑って、そうしたらきっと、ストロー噛む間も無くなって、
(あぁ、そっか、おれは、───)
なんてガキ臭い感情だ。
それでももうストローは到底噛む気にはならなかったから、
苦笑いと一緒にお前からクルーに平等に配られる愛情を飲み込んだ。