作品 | ナノ


21

「あんた、あたしに言わなきゃいけないことなぁい?」
「ひゃい」

この一言と共に作業場へ現れたナミが可愛らしく小首を傾げて、真正面からおれの頬を引っ張った。
反射的に返事をしたもんだから、声が情けなく裏返る。
というか、触ってるもんが火薬じゃなかったからよかったものの、手元が狂ったらどうすんだ。怪我するだろ、と苛立ち混じりに見上げると、想像以上に不機嫌さ丸出しの眼差しとぶつかった。
おれの意識が自分へ向いたことを確認してから、ナミは手を離し、じっとりと見下ろしてくる。

「アレなに?」
「うちのコックだろ」

仇とばかりにゾロの背中を睨んでいる金髪頭を指差し、ナミが言う。
実に三日間、サンジがゾロに向ける視線は厳しくなっていくのを眺めていたが、今日も朝からご苦労なことだ。
つうかゾロのやつ、あんだけ殺意向けられててよく寝てられるな。

「とぼけんじゃないわよ。原因はアンタでしょうが」
「う、」
「あのねェ、三日も誰かさんの大っ嫌いなきのこフルコース出されて気付かないわけないでしょ」

鬱陶しいからどうにかして。腰に手を当て、我が船の女王様は言い放った。
目の前で、ぐっと細い指が握られるのを、慌てて宥める。
睨んでくるオレンジ色から逃げるように顔をそらしたおれは、バンダナを解いてがりがりと頭を掻いた。
これは話しても、話さなくても殴られるパターンだな。だったら、さっさと話してしまった方がいい。おれは大人しく白旗を上げた。

「あー、あの、ほら、おれたち先日から、オツキアイするコトに、なりまして」
「知ってるわよ。誰が相談に乗ってたと思ってんの」
「で、まー、ほら、こないだようやく、そういう関係になってから、初めてキスしたわけだ、よ」

だんだんとナミの目つきが胡乱になってくる。おれだってその立場なら同じ顔になってると思う。

「んでな、そん時にサンジが、ふ、ファーストキス奪っちまったとか言うから、初めてじゃないって言ったんだよ」
「え、違うの?」
「違うけど、違わないっつーか」

お前が故郷を出る前の夜にさ、酔っ払ったサンジにぶちゅっと。
アイツは忘れているみたいだけど。

「説明しようにもアイツ、全然人の話聞かねェし、とにかく相手は誰だって怒るからさ。風呂場で会って来いよって」

おれとしては、鏡で自分の顔見てこいぐらいの発言だったのだ。
それがたまたまトレーニングを早めに切り上げたゾロと鉢合わせするなんて思わなかった。

「ゾロもゾロで、「お前その場に居ただろ」とか、若干誤解を招く言い方するしさァ」
「当事者ならいるもんねェ。で、アレなわけね」

一転、心底呆れた表情を浮かべたナミは、未だゾロを睨んでいるサンジを一瞥し、溜息を吐いた。
こつりとおれの額を小突いてくる。

「ほんと面倒臭いわ、アンタたち」

そう言って微かな笑みを残して立ち去った背中をおれはぼんやりと見送る。途中、サンジに拳を落として満足したのか、さっさと 部屋へ消えてしまった。
サンジは突然殴られた頭を抱えて、情けなく丸まっている。ちょっとだけざまーみろ、と思わなくもない。
くらんと船が揺れて、ネジが転がった。拾おうと手を伸ばした先で、ふわりと咲いた手が先にそれを捕らえる。
どうぞ、と差し出してくる手からネジを受け取り、そのまま振り仰ぐと、頬杖をついて微笑むロビンと目が合った。
どうやらナミとのやりとりをずっと見ていたらしい。

「もうそろそろ許してあげたら?」
「許すも何も、おれの話聞かねェサンジが悪い」
「そう。あなたが構わないならそれでいいけれど」

今日の夜も茸かしら、なんて嘯くロビンの言葉に思わず唸る。
くすくすと上から降ってくる笑い声に、降参と両手を上げた。

「でも、ちょっと可哀想にはなってきたかな」

忘れていることをそんなに怒っていた訳でもない。まあ、ちょっと傷ついたかも知れないけれど。
それも、いよいよもって、じめじめした空気を纏い始めた黒い背中を見ていると、だんだんとどうでもよくなってきた。
いってらっしゃい。と揺れて散った手に笑いかけて、おれは腰を上げる。

「あのさァ、サンジ」





その夜のメニューが、おれの好物ばかりになったのはいうまでもない。


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