作品 | ナノ


16

触れたのは一瞬だった。



一日で唯一、この船で一番喧しく動き回る長っ鼻をおれが拘束できる時間である皿洗いの最中。お互いが食器とにらめっこしつつ嘘吐きの恋人お得意のホラ話を聴きながらだった。
本当に一瞬だけ、気付いた時にはもう既に唇は離れていた。

誤解のないように言っておくが、おれとウソップは付き合っている。そりゃあ未だハグ未満のことしかしたことは無いが。まあそこは誠実なオツキアイをしているってことにしておこう。まあ要するにキスに至っては今回が初めてで、だからおれだって考えてはいた。それなりに雰囲気とかがあるもんだしな。頃合を見て、怖がらせないようにゆっくり進めていこうと思ってたんだ。
それなのに、わざわざ自分のやりたいことすら投げておれのことを手伝いに来て、おれを見ておれの為に一生懸命になって話す長っ鼻がすげー愛しくて、ああ、好きだな、って思った時にはもう自分の口の向こうにカサついた唇の感触があった。仮にも恋人らしいスキンシップのひとつなんだしカッコつけたかったという本音もあったというのに……こんなん格好どころかムードもへったくれもあったもんじゃねェ。

「あー………ウソップ…っておわっ!」
気付くと皿を抱えたまま長い思考の旅に出ていたことに気付く。沈黙を破ろうとウソップの方を向くと、そこには蒸気でも出そうなほど赤くなった恋人の姿があった。
「ウソップ!?おま、大丈夫か?」
いきなりで驚かせたとはいえあまりにも顔が赤い。そんなに嫌だったか?それとも熱でも出た?軽く肩を揺らして反応を確認すると、ぐるぐると泳いでいたでかい目と目が合った。
「だ、大丈夫か……?」
「………のに、」
「は?」
今にも溶けてなくなりそうなくらい熱くなった恋人から消え入るような声が聞こえる。あまりにもその声が小さくて聞き取れず顔を近付けると、いきなり耳元で怒鳴られた。頭の奥でキーンと高い音が響く
「初めてだったんだぞ!!!!!ばか!!!サンジのばか!!!!!ばーか!!!!!!」
と涙目で訴えられ思わず後ろに下がってたじろいでしまった。そんなに責められるとは思っていなかった。嫌な思いさせたのかと素直に謝ると、打って変わって慌てられる。なんか、自分でも訳わかってねェって感じだな
「ごめんな、嫌だったよな」
「えっ、あ、いや、嫌、じゃない、けど」
ほら、心の準備とか、と縮こまられて不謹慎だと分かっていても自然と頬が緩む。ただの照れ隠しだって分かってはいたが、ちゃんと嫌じゃないって言ってくれると安心する。そういうところも好きなんだって、きっと気付いてねえよなァ。ああやばい、またしたくなってきた。
「じゃあ、いきなりじゃなきゃいいのか?」
「はえ?あっ、え、えーっと、い、きなりじゃ、なければ………って、わぶっ」
俯き加減に言われて思わず抱き締める。おれの肩に顔をうずめられて段々細くなっていく声すらも愛しく感じる。ああチクショウ、本当好きなんだよ
「今、してもいいか」
「へっ?い、今……?」
「ダメか?」
少し眉を下げて首を傾げた顔にウソップが弱いことをおれは知っている。一瞬目を丸めてから少し唸る、おれの肩に頭をポス、と乗せる。「……いいよ」とか細い声が耳に届く。下を向いてて顔は見えないがバンダナから覗く耳と首は熟れたように真っ赤で、ますます腕の中の長っパナが愛しくなる。
「あーもうクソ、お前その反応は……、好きだ、もう……」
「……こういう時にそれ、ずるくねェ?」
なんて赤くなりながらもくしゃりとおれの頭を軽く撫でてくれる。いやだから、ずるいのはお前だと思うがな
「言いたくなったから仕方ねェ」
と返せば、ちょっと呆れたような顔で
「お前そういうこと本当キザだよな…」
まあ、好きだけどさ。なんて笑いかけられた。……不意打ちは卑怯だろ。赤くなった顔をウソップに笑われて、今度は2人互いに笑いあって、おれ達は本日2度目の口付けをした。


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