作品 | ナノ


14

「はあ・・・」
 サウザンドサニー号の船首から甲板を見下ろし、おれはそっと溜息をついた。視線の先にはいつものようにナミとロビンの周りを駆けめぐりながらドリンクを注いでる見慣れた金髪頭が見える。ここからでは会話は聞こえないが、どうせまたメロリンしながら二人の美貌を褒めちぎって適当にあしらわれているのだろう。
 別にそんなのとっくに見慣れた光景だ。今更それを見てどうこう思うことも無かった筈なのに・・・
「なーんであんなの見てカッコいいとか思ってるんだよおれは〜〜!」
 最近のおれは変なんだ。元々サンジとは結構気が合ってたし、女好きを主張する割にはちゃんと仲間全員に気遣いの出来る良い奴だとも思ってた。純粋に仲間としても好意は持っていたけど、こんな風に姿を見ただけでドキドキしたり、笑顔を見ただけで嬉しくなったり、その相手が自分じゃないことに胸が苦しくなったりなんかしなかったのに。
「認めたくねェけど・・・これってやっぱ、そう言うことだよなあ」
 その理由が何かなんて事も、もうわかってる。おれはよりにもよってあの女好きの暴力コックに惚れてしまったようなのだ。認めたくなかったけど・・・
 だってよりにもよってサンジだぞ!そりゃ根は優しい良い奴だけど、あいつが男相手にどうこう思うような性格じゃないのなんてこの船のクルーだったら全員嫌と言うほど解っていることだ。自覚した途端に失恋決定とか流石にネガティブなおれ様でも悲しくなってくる。
 でも・・・
『お前にできねェことはおれがやる。おれにできねェことをお前がやれ!』
「あの一言で落ちちまったんだよな、多分」
 あのエニエスロビーでの戦いの最中、到底太刀打ち出来ない相手にボコボコにされ、
もう何もかもを諦めそうになってたおれに言ってくれたサンジのあの言葉。戦闘時の自分のふがいなさに打ちのめされてたおれはたったあれだけのセリフに目の前がパァッと開けるような気持ちになれたのだ。お互い仲間なんだから助け合えばいい、そんな簡単な事もわからなくなっている位自分に自信が持てなくなっていたのに。
 あの後も色々すったもんだがあった末にようやく仲間の元に戻ることが出来た。新しい船と仲間も得てその後も冒険は続き、最近仲間になったブルックもすっかりこの一味に馴染んで来ていると言うのに、おれは未だにサンジのあの言葉を思い出しては嬉しくなったらドキドキしたりしてしまっている。多分言った張本人だってもう覚えてはいないだろうに。
 いつまでも希望の持てない想いをズルズルと引きずっているのも不毛だとは思うし、早く吹っ切って前のように仲間として接することが出来た方がお互いのためだとは思うけど、中々簡単にこの気持ちを捨てることも出来ないから困ったものだ。誰かに相談しようにも同じ仲間に恋愛感情持ってしまいましたなんて知られるのも気まずいし。
「イカンイカン!いつまでもウジウジ悩んでてもしょうがねェ」
 気持ちを吹っ切るように首を振ってもう一度甲板を見下ろす。と、丁度こちらを見上げていたサンジとバッチリ目が合ってしまった。
「おーいウソップ!ちょっと来い!」
「ほえっ!?な、な、なんでおれ?」
「どうせ暇なんだろ。これから昼飯作るからお前も手伝え!」
「う・・・わ、わかった」
 正直サンジと一緒にいられるのは嬉しい。望みは無いとは言え好きな相手の手助けが出来るなら喜んで手伝ってやりたいと思う。ただ、あんまし一緒にいておれの気持ちに気付かれたらと思うと素直に喜べないけど。



「んで、おれは何すればいいの?」
「よし、お前の仕事はジャガイモの皮むきだ。ここにある奴全部綺麗に剥けよ」
「うえ〜、こんなにあんのかよ。何作るんだ?」
「前に寄った島で安かったからな。昼飯のポテトサラダと夜のコロッケ用だ」
「やった!おれサンジのポテトサラダ好きー!!めちゃくちゃ美味いもんな」
「・・・・・・クソ当然だろ」
 ダイニングのカウンターに蒸し器から出したばかりのジャガイモが山積みになっている。その量にげんなりしたが、確かにこりゃ一人でやるにはキツい量だよな。おれは流しでしっかりと手を洗うと、早速手頃な芋から取りかかった。
 油断すると火傷しそうな程に熱々のジャガイモと格闘しながら、時々こっそり料理をしているサンジの横顔を覗き見する。女相手にしてるとやたらとカッコつけてキザなセリフをポンポン言ってるけど、サンジが一番カッコいいのはやっぱり料理してる時だよな。リズミカルに包丁を操り食材一つ一つを丁寧に切っていき、真面目な顔でフライパンを振り回して調味料を測りもせず手早く入れていく。徐々に料理が仕上がって行くにつれて楽しそうに顔をほころばせ、最後に味見をして納得のいく味になったのを確認すると悪戯っぽくニヤッと笑う。どうやら満足な出来映えに仕上がったようだ。
「よし、スープはこんなもんか」
「ジャガイモも剥き終わったぞ。これ潰していいのか?」
「おう。適当で良いから全部潰してくれ」
「へいへーい。・・・んで、後は何作んだ?」
 渡されたポテトマッシャーを使ってどんどんイモを潰しながら顔を上げると、冷蔵庫から新しい食材を取り出したサンジと目が合う。何故かニヤニヤしながらサンジが持っているのは、多分これも前に寄った街で買ったであろう・・・
「タラコだー!すげー沢山!!うまほ〜」
「おう!こんなに大量なのにクソ安かったんだぜ。味も美味いし良い買い物したぜ」
「これそのまま米に乗っけて食べたい!」
「まあ気持ちは分かるが今日はダメだ。これはパスタにするからな」
 タラコスパゲティかァ・・・まあサンジが作るんなら何でも美味いからいいけど。
と、不意にサンジが悪戯っぽい笑みを浮かべながらタラコを一房おれの顔の前に差し出してきた。
「・・・なんだよ?」
「いや、買った時も思ったけど、お前にそっくりだなあって」
「は?」
「まさにタラコ唇ってな」
 そう言ってケラケラ笑うサンジを見て、ようやく言われた言葉の内容が頭の中に入ってきた。と同時にカーッと顔に血が上り言葉が出なくなる。
 別に自分が整った顔立ちしてない事なんてよく解ってる。女じゃないからそんなの気にする事じゃないし、母ちゃん似の長い鼻も父ちゃんから受け継いだぶっとい唇も嫌だとは思ったりなんかしてない。多分ルフィやゾロから同じ事を言われても全然気にしないで笑い飛ばす事も出来ただろう。
 でも、自分が好きな相手から顔の事でからかわれるのは結構辛い。サンジだって軽い気持ちで言ってるのはわかってるし、こんな事で傷ついたり恥ずかしがってたりしたら情けない奴とか思われるかもしれないのに、おれは咄嗟に何て言ったらいいのかわからなくて唇を噛みしめたまま俯いてしまった。
 ・・・やばい、今の顔見られたら変に思われる。
「ん、どうしたウソップ?・・・まさか怒ったのか?」
「そ、そ、そんなわけないだろサンジ君!何を言ってるのかね君は!」
「喋り方がそげキングみたいになってんぞ」
「うぐ!」
 いぶかしんでおれの顔を覗き込もうとするサンジの気配を感じ、おれは下を向いたまま持ってたボウルを強引にサンジに押しつける。
「と、とにかくイモは潰し終わったからおれ様の手伝いはこれまでだな!じゃあ昼飯楽しみにしてるぜ!」
「はァ!?おいちょっと待てウソップ・・・」
「おれ用事があったんだった!ちょっと行ってくる!!」
 とにかく今はサンジにこれ以上顔を見られたくなくて、慌てるサンジの言葉を無視するように背中を向け、おれはダイニングを飛び出していった。



「はァ〜やっちまった。絶対サンジに変だと思われた」
 一人ウソップ工場で膝を抱えながら、おれは先ほどサンジに言われた言葉を思い出していた。
「タラコ唇か・・・そういやシロップ村じゃよくからかわれたよな」
 親を亡くして一人で暮らしてるおれに故郷の村の大人達は大抵が親切に世話を焼いてくれた。でも同世代やちょっと年上の奴らには色々とからかわれることも多かった。成長するにつれてそんなガキっぽいことする奴らは減っていったけど、この特徴のある鼻や唇はよくからかいのネタにされたもんだったなあ。
「サンジはいーよなー。あいつ鼻も口も整ってるし、目も青くて綺麗だし、髪の毛も金髪サラサラで上流階級の人間みたいだし・・・」
 改めて考えてみると、惚れた欲目を差し引いてもサンジは整った顔してる。本人にとってはそれが当たり前なんだから、おれみたいな顔見たらそりゃ笑っちまうよな。
 ・・・・・・違う、サンジはそんな事考える奴じゃねェのに。そう思ってても小さく根付いた自分の顔へのコンプレックスはいつまでも胸の奥にこびりついて気持ちが晴れることは無かった。



「あ・・・そろそろ昼飯かな」
 気持ちが落ち込んでいても腹は減る。時計を確認してみると案の定昼食まであと10分もない時間だった。まだサンジと顔を合わせるのは気まずいけど、だからといって飯を食わないと言う選択肢はないし、それに飯の時間は他の仲間もいるしサンジも給仕に忙しいからそこまで追求されることもないだろう。そう気持ちを切り替えるとダイニングに行くために扉を開けようとした、が・・・
「おいウソップ」
「え?さ、サンジ!何で?」
 先に反対側から開けられた扉の向こうにサンジが立っていた。
「迎えに来た。もうすぐ昼飯だぞ」
「お、おう。そりゃわざわざ悪いな。あ、おれここ片づけたらすぐ行くから!」
「なら終わるまで待つ。早く片せよ」
 反射的に背中を向けて工場内の元々放置していたガラクタを片づける振りをしようとしたが、サンジは戻る気配もなくずっとドアの前でこっちを見つめている。正直背後から刺さる視線が痛いくらいだ。
『まさにタラコ唇ってな』
 さっきの笑いながら言われた言葉がどうしても頭をよぎる。今はまだ、サンジに自分の口元を見られたくない。とっくに片づけは終わってるのにおれはサンジに背中を向けたまま振り返る事が出来なかった。
「なあ、なんでこっち見ないんだ?」
「っ!!」
 不意に背後から声をかけられたと思うと同時に肩を掴まれて息をのむ。さっきまでドアの前にいたのにいつのまにこんな近くまで来ていたのか。
「おい、こっち向けよウソップ」
 そのまま強引に振り返らせられて視線が合う。とっさに手で口元を隠そうとしたのだが
「隠すな」
 不機嫌そうに眉間に皺を寄せたサンジに無理矢理腕を引き剥がされ隠す術も無くなってしまった。
 嫌だ、見られたくない。サンジにまた笑われるのは恥ずかしい・・・
そんな思いですぐ目の前にいるサンジの顔も見ることが出来ずに俯いていると
「・・・さっきは悪かった。頼むから顔見せてくれ」
 急に悲しそうな口調で呟かれて、驚いて顔を上げてしまった。目前にいるサンジの顔は置いてけぼりにされた子供みたいで、さっきまでの怖い表情が嘘みたいだ。
「なんでサンジがそんな顔してんだよ?」
「てめェがおれの事見ようともしないからだろ!」
「先に馬鹿にしてきたのはそっちじゃねェか、悪かったなタラコみたいなぶっさいくな唇で!」
「誰もそこまで言ってねェだろ!・・・ホントに悪かったって」
 そんな風に謝られたら流石にそれ以上なにも言えなくなる。でも急に素直になられるのも調子が狂うな。
「・・・別に良いよ。まあ、タラコ唇なのは事実だしな」
「拗ねるなよ。おれは一応褒めたつもりだったんだぜ」
「はァ!?あれの何処が褒め言葉になんだよ」
 でもまだ悔しい気持ちが残ってたので少しつっけんどんな言い方になってしまった。
 別に怒ってはいないけど、おれだってさっきは傷ついたんだからな。
「嘘じゃねェよ。タラコよりもてめえの唇の方が美味そうだし」
「なっ!!な、な、なにふざけてんだ!?」
 不意にそんな事を言われて頭の中が真っ白になる。それ以上言葉が出ないおれを余所に、気付けばサンジの顔がどんどん近づいていって・・・

「あ、やべ。つい・・・」
「い、いま、お前、なにして・・・?」
「なにって・・・まあ、キス」
「ばっ!なにしてくれてんだよ!!なんだよ突然!!」
「あ、馬鹿こするな!そんなにやったら唇切れるぞ」
「うるせーー!なんで、なんでこんな事するんだよォ・・・」
 すぐ目の前にサンジの瞳がせまり、その青い色に一瞬見惚れてた瞬間唇に柔らかい感触を感じ、それが相手の唇だと気付いたときには既に顔が離されていた。呆然とするおれをバツの悪そうな顔でみるサンジの顔が見えて益々こっちの頭はパンク寸前だ。
 きす、キス・・・なんでサンジがおれにキスするんだよ!?まさかおれの気持ちに気付いてからかってるのか?こんな、こんな簡単に出来ちゃうくらいサンジにとっては軽い行為なのかもしれないけど、おれは、おれは・・・
「はじめてだったのに・・・」
「ウソップ?」
「馬鹿サンジ!お前にとってはふざけてやれることでも、こっちはファーストキスだったんだぞ!!なに勝手に奪ってくれやがるんだ!?」
「はァッ!ふざけてヤローにキスなんか出来るかバカ野郎!!」
「今おれにしたじゃねェか!ふざけてないって言うならなんなんだよ!!」
「そんなんテメーが好きだからに決まってんだろこの鈍感クソ野郎が!!」
「えっ!?」
「あ・・・」
 言ってからしまったと言う顔をするサンジにぽかんとなる。こっちの視線に気まずそうに顔を逸らすが、その顔がどんどん赤くなっていくのをおれは信じられない思いでじっと見つめていた。気付けばさっきと立場が逆転してる。
「いきなりキスしたのは悪かった。・・・ずっとお前が好きだったから、つい我慢がきかなくて」
「・・・・・・」
「さっきのも別にからかうつもりとかじゃなくて、その・・・てめェの唇見る度にクソ色っぽくて美味そうで食らいつきたくなるの誤魔化そうとしてたらあんな言い方しちまっただけだし」
「さんじ・・・おれのこと、好きだったのか?」
「迷惑だったらもうしねェ。すぐに吹っ切るのは無理だけどちゃんとお前のこと仲間として見れるようにするから」
 そう言い残して先にダイニングに戻ろうとするサンジの腕を、俺は必死の思いで掴んでしまった。
「ウソップ?」
「・・・迷惑じゃ、ねェから」
「えっ?」
「おれも、サンジのこと好きだから」
「っ!!」
 俺の告白にサンジの体がビクッと震えた。ゆっくりと振り返りおれの両肩に手を置くと真剣な顔でこっちを覗き込んでくる。
「本当か?いつもの嘘だったらオロすからな」
「こんな時に嘘なんか吐かねェよ。おれだってずっと片思いなんだと思ってたんだからな」
「そっか。はは、マジかよ・・・あ〜、すげェ嬉しい」
 そのまま脱力するように抱きついて来たサンジの体を慌てて受け止める。甘えるようにおれの首に顔をすり寄らせてくるのを自由にやらせながらも背中を優しく叩いてやった。

「・・・なあ、さっき言ってたの本当か?」
「ん?さっきのって?」
 お互いの存在を確認するかのように暫くの間抱き合ってたが、不意にサンジがおれの耳元で呟く。
「さっきのあれ、ファーストキスってやつ」
「う・・・わ、悪かったな。経験無くて!」
「いや大歓迎」
 そう言って体を起こしたサンジが、今度はそっと俺の頬を両手で優しく包み込みながら上を向かせる。自然と間近で向き合う形になり、なんだかこっちも改めてドキドキしてしまった。
「さっきはいきなりで悪かったな。もう一回やり直させてくれねェか」
「う、えっと・・・うん」
 嬉しいのと恥ずかしいので上手く言葉が出てこない。それでも必死にうなずくとサンジは幸せそうに笑ってくれた。
「目閉じろよ」
「ん・・・」
 そっと髪の毛をかきあげられ、その手つきに体のこわばりが緩んでいく。そのまま言われるとおりに目を閉じる直前、再び近づいたサンジの青い瞳が優しく笑ってくれていた。

 そうしてファーストキスのやり直しをしたおれたちの所に、昼飯を待ちきれないルフィの叫び声が聞こえてくるまであと数秒・・・


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