作品 | ナノ


11

 おれが流されていったメリー号のことをしんみりと考えている間に、サンジがふとおれの方に歩み寄ってきた。

「…ウソップ、傷は大丈夫か?」
「なんとか、な」
「チンピラ野郎にまた何かされたか?ちょっと顔見せろ」
 サンジがおれの顎をくいと持ち上げるので、メリーのことを考えて半べそをかいているおれはサンジを見上げた。
 オレンジのシャツが似合っているなと見上げたのだが、サンジの表情はおれの顔をみて険しくなる。
 あれ、おれなんか怒らせるようなことしたか?

「たいしたこと、ねェよ、てかチンピラじゃなくてフランキー…」
「おい、お前もう一回沈んどけ」
「あ?…アゥ!!!!」
 サンジは軽くフランキーに向けて発すると、もう一度軽い蹴りを見舞った。おれはとっさのサンジの蹴りに驚いて肩をそらせようとすると、サンジがその瞬間に強くおれの顎を引いた。

「ん?!」
 おれの長い鼻を上手によけたサンジはおれの唇に強く唇を合わせ、そしてすぐに離した。

 え?なに、いまの?
 おれの口に血でもついてた?

 サンジはぺろりと舌で自分の唇を舐めて、やっとおれの顎を離してくれた。そのサンジの表情はすごく複雑で、怒っているのか、やさしいのかおれにはわからない。
 時おりこんな顔するんだけど、おれにはその真意がうまく汲み取れた試しがなく、いつも無駄に怒られてる。心地のいいもんじゃねェぞ、サンジが怒ったらコワイからな。

 おれが何かを言おうとした瞬間に、フランキーがサンジに抗議の声を上げた。

「なにしてくれんだ、テメェ!」

 フランキーがそうやってもう一度袋詰めになった身体を起こしたところで、いつのまにかおれとサンジのことはうやむやになってしまった。そして拘束を解くことをフランキーが要求し、やっとこの袋詰めから解放される希望が叶いそうだった。

 でも、頭の底で、ああ、キスされたのかと、麻痺した頭がしだいにさっきの行動を理解し始める。
 フランキーと言い争うサンジの横顔を眺めて、二人に仲裁の言葉を入れなければとか、ロビンを助けなければと思う間も、じわじわとさっきの行動が心を支配してきた。


 なんでキスなんか、したんだろう。
 初めてサンジとキスした。それが、たとえおれの口についた血を拭うためだとしても。

 キス、したのか。
 ああ、おれ…こいつのこと、結構好き、だな。



「おい、ウソップ」
 声が聞こえる。

 あーこの、心地のいい低音の響き、おれ様大好き。
 じゃない、その声の主を思いだしたおれはゆっくりとまぶたをあけ、ランタンの明かりのが目に染みるのですぐに目を細めた。

「今もう片付けしてェんだ、クソマリモが他の奴男部屋つれてってるけど、お前ぐらい一人でボンク行け」
 サンジはそういうと、おれが手に抱えていた樽ジョッキをゆっくりと手から引き剥がして、キッチンに大量の洗い物を運んでいるようだった。そういえば、今日からはもう、なんの気兼ねもなくこの船でおれはうろちょろしていいんだったな。

 メリーは、もう、海の底で静かに眠っているから。

「サンジくん…今、なんじ…?」
「深夜1時半、起きれそうか?」
「んーもうちょっと」
 おれは乾燥する目を何度も閉じたり開いたりして、視界にやっとサンジの金髪をみとめる。サンジはせっせと皿を積み上げては運んで、おもにルフィが食べた皿の数の多さに「終わりやしねェ、何枚だクソ」とタバコをくわえながら悪態をついた。

「ウソップ、よければ皿洗い手伝ってくれねェか」
「おれ様おねむだから割る」
「じゃあとりあえずよ、ここは寒ィから、キッチン来いよ」
 サンジが最後の皿を片手に持ち上げておれの方を振り向いてくれた。サンジがキッチンに戻ってしまうと、真っ暗な芝生デッキにランタンひとつしか無い状況は、はっきりいってかなり怖いもんで、おれはその状況を知って鳥肌を立てた。すっと上半身を起こして、サンジの方をみる。

「う、う、うん!いく、おれ様もキッチン行くぜ!でな、これは別に暗がりが怖いとかではなくてだな!」
「ランタン貰っていくからな」
「あーんサンジくん、最後まで聞いて!!」
 サンジはおれの言葉を半分まで聞いて身を翻してしまった。その背中はくつくつと震えていて、どう見たって笑っているし、ああムカつく。
 おれはどうしようもない感情をムスっとした顔に表して、やっと立ち上がってサンジに続いた。

 ガチャガチャと皿を洗っているサンジを大人しくみていると、サンジはタバコを口元で上手にふかしていて、このタバコの香りもこの前のウォーターセブンの宴会ぶりだなと思った。
 数日仲間に会えない日があるだけで、おれ様の心ははっきりいって寂しかった。これはもうどうしても認めるしかないだろなと、おれは思うわけで。そう感慨に少々ふけっていた。

「ウソップ」
「ん?手伝えってか?」
 サンジが不意におれを呼ぶので、皿洗いの手伝いかなと思って立ち上がった。
 すると、サンジは洗った皿を積み上げて、首をゴキゴキならすと手をエプロンで拭き始めた。
「もう明日にする、結構洗ったし」
「んじゃもう寝るかァ」
「…そうだな…その前に」
 サンジはタバコを灰皿に押し付け消して、おれの方に歩いて来た。キッチンはフランキーの造船で明るい照明がついているはずなのだが、今は少々絞ってある気がするのは気のせいだろうか。おれ達の影の色が薄く、のびて交わる。

「ん?どうしたサンジ?」
「そのランタンとって、ここ座れ」
 サンジはふと床を指さした。おれは困惑して床に視線をやったが、別になにかあるわけじゃねェ。
「え、なんで」
「つべこべ言う前にやれ」
 サンジはエプロンを脱いでからタバコに火を付けて、長くタバコを吸い込んだ。そしてランタンを持っているおれの肩を掴んで座るようにうながし、二人で床にあぐらをかいた。
 互いに向き合って、どうしたってんだ。

「サンジ」
 おれはやっぱり意味がわからなくて、サンジの名前を呼ぶんだが、これまたサンジは真剣すぎる顔をしている。
 前のめりぎみに猫背のサンジはおれに微妙にちかくて、なんだか距離感がとりづらい。


「なあ、海列車でキスしたから、わかんだろ。おれがお前にどんな気持ちでいるか」
 唐突にサンジがいうので、おれはとっさに驚きすぎてとぼけたフリをしてしまった。

「え?海列車?…したっけそんなの…?」

「ア?忘れてるのかお前!!!信じらんねェ!あんな時にやってどうやって忘れるんだよ?!」
 サンジはおれの顔面に唾がかかるぐらい顔を接近させて、おれの言葉に怒り始めた。
 一方のおれは、かなりどきりとした。何よりも、触れてほしくない話題なんだけど、サンジはそんなことを知りもしないだろう、それは良くわかっている。

「…お、おれ、覚えがない、かな」
「…ナガッ鼻ふざけんじゃねェぞ…」
 おれが必死の嘘でごまかして様子をうかがっていると、ランタンを挟んで向かい側のサンジはゆっくりタバコを吸い込んで、そして灰皿に揉み消した。
 もっと怒ると思ったけど、すぐに静かになっちまった。な、なにが言いたいんだ…無駄にコワイぞ。

「…クソ、じゃあいい。…もう一回キスさせてくれ、仕切り直ししたい」

 サンジがそう呟いておれを真剣に見つめるので、とっさに返答が遅れるのだが、これはどうにもおれも真剣に答えなければいけないようなアレか。
 つまり。

 拒む理由なんて、おれ側には微塵も無いので、あとはサンジがなんでそんなことを望むのかとふと不思議に思った。
 お前が嫌う男相手じゃん、とか。今までさんざん友達付き合いしてきたけど、キスは友人同士でもするのか、とか。
 そもそもなんでおれ、とか。
 もう一度、はじめてのキスを仕切り直すのは、どうしてなのか、とか。

「い、いいぜ…?でも、今おれ、しこたま酒飲んだ後に、き、き、キスしてェの?」
 おれは、なんだか頬が熱いと思った。
 この友人および仲間に対して落ち着いて考えているように見えて、なぜ照れるのか、おれは確かにサンジを…。

「ああ、キスしてェ」

 そう言ったサンジの目は真剣そのもので、ランタンの明かりに照らされた瞳は爛々としている。そんな相手におれが嫌ですと言えただろうか。

 だってこの時のサンジは、いつもの親友みたいに肩を組んで並んでいる時と違って、なんかすごく色っぽくて。言葉にするのが、もったいないくらいに、男らしくて。その細めた目元も、寄せた眉毛も、微笑んでいるせいできゅっと寄った唇もが、目の前のなにかを狙っているように見えて、おれはまたもや返事に詰まった。
 正しい返事の答えを導き出せる自信が持てず、ただサンジの名前を呼んでしまった。

「サンジ」
「おれは、もう、がまんするのはやめた。お前がフランキー一家にボコボコにされた時に、思ったんだ」

 おれはサンジが語る声に耳を澄ませると、ランタンの炎がジジジとうなるように鳴くのが聴こえるほどキッチンは静かなんだと悟った。あ、この空間には、おれとサンジしかいないのか。それもそうか。
 我慢するのをやめるってどういう?という疑問点がふと、頭の中に浮かんでは消え、「キスしてェ」のサンジの声がよみがえる。

「あー、その、つまり、…我慢しなくて、いいか?ウソップ、おれは、お前が好きだ。…お前は?どうなんだ?拒まないのか?」
 肩に両手を添えられて見上げるように促され、サンジの目を見上げると、先程の爛々とした目にすこしの恐れを含めたような苦笑が加わっていた。

「こば、まない。だって」
「…」

「サンジ、おれはサンジのこと、………す、す、好きだよ、あの時からな」
 一瞬の沈黙のあと、喉が乾いたように時おりかすれた空気の音を含ませたおれの声が、本当のことを言う。
 嘘じゃない。おれは、友人としても、仲間としても、今感じたサンジへのそういう色っぽいものも含めて、サンジを好きだと思う。

 その言葉を聞いたサンジの顔は、目が点になっていて。その後、ゆっくりと眉間にシワを寄せた。

「あの時…?…あ!?お前やっぱ海列車の時の覚えてやがんだな!?!アア?!コラ!!!!」

 サンジはとっさに、おれにはじめてキスした時のことだと気づいたのか、ひとりでに怒り始めた。そんなこと言われても、とっさには、なんとかごまかすことができるかと思ったんだ…う、かなり怒ってる顔だなこれは。
 おれはなんとか、この怒って肩を全力で揺さぶってくる想い人の不満を収めようと、言葉を必死で続ける。

「いや!あのね!おれ様がね!サンジくんのことを好きって思ったはじめてが海列車だったって言うか、あの…」

 いやまて、言って自分ではずかしくなるな。なんでおれがサンジを好きだなと思った瞬間の話をしないといけないんだ?
 そう疑念を抱き始めると、挽回の言葉よりも恥ずかしさが前にでてきて、おれの顔はサンジにばっちりと見られながらも真っ赤に変容する。

 いやいや、そんなじっとり見つめなくてよくない?言葉の続き全然出てこないけど?
 どうしようもないぐらい、真っ赤で腕を放り出しているおれの肩を支えて、向かいであぐらをかくサンジがふと笑った。

「…もういい加減、観念しろよ」

 そんな年上っぽい台詞でまたおれのこと、年下扱いする。やけに子供っぽいいたずらな微笑みでおれのことまた支えて、何度でも立ち上がらせて。

「ん」
 そう、サンジのことをぼーっと考えていると、不意にサンジがおれの唇に自分の唇をさっと重ねてきた。
 最初のキスも、こんな風にアッサリとしちまったんだった。列車で捕らわれた袋詰めの格好のおれ相手に、よくキスしようと思ったよな、サンジ。

「な?」
 唇を離して、肩を掴んで見下ろすサンジの顔がランタンの明かりでいつもより赤みがかっている。きっとおれはもっと色黒いからもっと赤く見えるんだろう。

 優しすぎるサンジの顔を見ていると、きっと何度キスされたって、最初だとか最初じゃないとかそんな話抜きに恥ずかしすぎて毎度気がおかしくなりそうだった。脳内でかなりパニックになっているおれを、これまた優しそうな表情で見続けているサンジがふとおれに聞いた。

「列車のが、イヤなら、コレが最初でいいか?」

「…こんなの…恥ずかしいから、わ、忘れたい…」

 口元を押さえるようにおれが片手で顔を隠すと、サンジがやっと肩を掴む手を離してくれた。それからあぐらをおれの組んだ足にもっと近づけて、覗き込むようにまた下から手の上にキスしてきた。
 ああ、なんてこと、してくれるんだ。手をどけると、サンジが更に首を伸ばして、また唇にキスをする。


「お前が忘れるなら何度でもやるぞ、おれァ」
 上目使いで茶目っ気のある笑みは、見慣れた安心感をおれに与えてくれた。

「…さ、」
「ウソップ、おかえり」

 サンジ、それもう最初のキスじゃないから、とおれはツッコミを入れようとするのに、不意にあふれた涙とサンジからのキスで言葉は飲み込まれていった。


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