作品 | ナノ


10

騒々しい夕食も終え、食後のコーヒーを飲んでいると…隣に座っていたナミと、何故そんな話になったのかはまァ流れと言うか何というか…特に意味合いがあった訳では無かったが、兎に角なってしまったのだ。
「そうよね、やっぱタバコはねェ…」
「だよなー後はやっぱ、ニンニクとかもな」
「やだやだ!絶対お断り!」
「酒臭ェのも嫌だけどよ、まァどっちも飲んでりゃ問題無ェけどな〜」
「そうね、どっちも同じならまァオアイコって事になるけど…でもま、今更無いわよねーレモン味とかさァ…」
そもそもが無理な話だし、一体最初に言い出したのは誰なのよねーまったくだ、等と話しながらも、おれ様の意識は同じ空間に居るただ一人に向けて集中して…しまうのも無理は無い。
7人分の食器ともなると結構な量だが、積み上がっていた皿が消えている辺りからも…そろそろ終わりそうな気がするのに、アイツはまーだ何か作業をしていて。
何故なら、先程から甘い香りが微かに漂って来ていて…それが気になってしまい、そろそろ見張り当番に行かねばならないのについ、長居をしてしまい…それに何故かナミが付き合ってくれている物だから、これ幸いとばかりにこうして話し込んでいるのだ。
「そもそも、人生初!とかの定義で考えちゃうと…赤ん坊の頃に、全員終わっちゃってると思わない?」
「おうおう、全くだぜ…ま、赤ん坊ってェのは無条件で可愛いもんなー」
「そうよねェ…アタシなんて小さい頃から、愛らしさが溢れてただろうからねー」
「おま、自分で言うかソレ…」
あははーでも本当の事だし?とナミは調子よく笑い、まァそうだろうなーと相槌を打ちつつも子供の頃のナミ、と想像してみると…成程、中々の美少女が出来上がって、やはり美人は子供の頃からその片鱗が見えるんだなー等と納得していると。
「ナミさんは、今も昔もお美しく愛らしく魅力溢れるレディです!そしてそんな貴女へ…おれからの、贈り物です」
と、実にキザったらしい台詞と共に鼻先を掠めたのは…
「あら、オレンジティー?」
「いいえ、先日収穫させて頂きましたナミさんのみかんを使用いたしました、みかんティーです。今日は少々冷えますので、ホットでご用意致しました」
柔らかな湯気と柑橘系の香りが、周囲の空気まで暖める様な…そんな効果がありそうな、実に美味そうな液体を前に…ごくり、と喉が鳴るのは仕方が無いだろう。
「お休み前のお体を暖めるのには、最適かと思いまして…温かいうちにお飲みください」
「うーん、良い香り!ありがと、サンジくん♪」
「いえいえ、ナミさんのお役に立てるのであればっ!」
「じゃ、おやすみ〜ウソップも、早く行きなさいよ?」
「おう、分かってるってーの」
見張り当番かァ…と思うと、少々気分が沈んでしまうのは…だって、なァ…真っ暗な夜の海を一人で眺めるだけの簡単なお仕事です☆なーんて自分でおどけてみた所で、退屈なのもちょっとばかり…本当にちょっとだけだけど、怖いのも何一つ変わらない訳で。
そして、これ以上遅くなるのも良く無いのは理解しているので、渋々立ち上がった。
「んだよ、もう行くのか?」
「あ…?お、おう。すっかり遅くなっちまったからなーじゃーな!」
「じゃ、遅くなりついでにこいつを飲んで行けよ…温まるぜ」
「へ?って、うおーー!良いのか!?」
テーブルの上に置かれたのは、おれ様のマグカップで…中身は、先程ナミが持って行ったみかんティーだったので、おれ様はいそいそと椅子に座り直してしまった。
「ん〜良い匂いだなァ〜いただきます!」
「おう、熱いから気を付けろよ」
「へへへー分ってるって……うんっ、甘ェ美味ェっ!」
甘く爽やかなみかんの香りが鼻から抜けて行き…喉を焼くような熱が胃まで滑り降りると、体が芯からぽかぽかして来る。
「はーあったけェーコレ最高だなサンジ!」
「クソ当然だな、おれが作ったんだ……で、一つ聞きてェんだが…」
「ん、何だ?」
みかんティーの美味しさにすっかり夢中になっていたおれ様の向かいに腰を下ろしたサンジが、何やら改まって話しかけて来たので…視線を向けるとその、何と言うか…真剣な表情をしていたので慌ててカップをテーブルに置いた。
何だろう?
何か、怒らせた?
いやいや、何も思い当る節が無ェしそもそも怒ってるんだったらこんな美味いモン飲ませてくれる訳が無いし。
だったら、何か…ナミには相談出来ない、男同士の話なのだろう。そうだきっとそうに違いない、と結論付けたおれ様が目線で続きを促すとサンジは続きを話し出した。
「さっき、ナミさんと話してた内容だけどよ…その…何であんな話になったんだ?」
「うーん、何でなのかは分からねェけど…ナミとあんな話するなんて思ってもみなかったけどよ、結構楽しかったなーって何だよサンジも混ざりたかったのか?」
「いや、結構だ。おれが聞きてェのはそこじゃ無くて…その、やっぱ………匂いとかって、気になるのか?」
「んあ?ああ何だそこかよ、つーかそう言うのはサンジの方が得意分野なんじゃね?」
「や、まァソレはそうなんだけどよ」
「…否定しねェところがすげェーよなサンジクンモテモテですねェー」
「え?あ、いやそういう訳じゃ無ェぞ!?って言うか勘違いすんな!」
「いえいえーおれ様にはとても到達出来ないレベルまで行ってそうだもんなーあーすごいすごい羨ましいなあー」
さぞ経験豊富なんだろ?と言う嫌味を込めてそう言えば、意外にもサンジは真っ赤になって強く否定して来たのだ。
「だから違うって言ってんだろ!?おれは、その…食材を扱う側として、レディのお口のケアも大事だし…だから、嫌な臭いのする物はお出ししないようにしたかった訳で…」
「え、サンジ君ってば本当にそれだけ?」
「何だよ悪ィかよ…つーか何でそんな目で見るんだよ…」
「えー?だってなァ…別な下心丸見えって言うか…ぶっちゃけナミとキス、してェんだろ?」
大丈夫、おれ様はちゃーんと分かってるんだから…と思ってそう言った瞬間…みしり、とテーブルから音がした。
え、何だよこのテーブルもう寿命なのかまだ出航してからそんなに経ってない筈だけど、壊れそうなら修理してやらないとだよなよっしウソップ様に任せておけ、等と思考を別方向へ飛ばしてはみたのだが原因は明らかにテーブル本体では無く…
「ササササンジクン?あのテーブルが壊れそうなんですけどって言うかメリーは大事に使って欲しいって何度も言ってるけどええとその…何でそんな怒って……?」
「ああ悪ィ…だけどお前も悪いんだからな…」
「えっ!?いやだから何でだよって聞いてんだろ!?理由も無く怒られても困るんですけどーって、ヒィッ………!!」
黒いオーラを発したサンジがゆらり…と立ち上がる姿はとてもとってもとぉーっても怖かったが、自分が原因なので逃げる訳にも行かず。
そして本当に、何故サンジがこれほどにまで怒っているかの要因が全く持って思い付かず…ああ、さっきまであんなに幸せだったのにおれ様きっとここで死ぬんだなァールフィごめんよ海賊王になったお前を見れそうにねェよ。
頭の隅でそんな事を考えた瞬間…強い力で体が引っ張られ、ぎゅうっと抱き締められてしまった。
え、これって…鯖折りされてる?
蹴り殺すのも面倒で、腕力で肺を押しつぶされて呼吸不全か?いやいやきっと先に肋骨が折れて肺にささって失血死か…いやいや、内臓が破裂して気道に血が溢れた後に窒息死…等と不吉な思考が巡るも思ったよりもその力が強くなくて、あれ?と気付く。
おれ様を抱き締めたままのサンジは、肩口に顔を埋めている為に全くその表情が見えず…何を考えての行動なのかが理解出来ず、そうなって来るとおれ様もむやみに動く訳にも行かず。
「えーーーっとサンジ、その…良く分らねェけど、何かすげー嫌な事言っちまったんだよな…」
さっきは理由も分からずには謝れない、と思っていたがあのサンジがこんな行動に出る位なのだから、きっと相当嫌な事を言ってしまったのだろう。
悲しいかな、そのNGワードが何であったかは皆目見当も付かないが、兎に角落ち着いて貰わないと先程の妄想が現実味を帯びてしまうから、謝っておこうと思って言葉を続けたのだがしかし。
「だから、ごめ」
「謝んな…おれが勝手に怒っただけなんだ…お前は悪くねェ…」
やっと反応があったのは嬉しかったが、折角謝ろうとした所へそう被されてしまっては、それ以上喋る事も出来ずならばどうしよう…と困った挙句…本当に、何気なく。
だってとても動ける状況じゃないし、かと言ってこのまま突っ立っていたら事態が好転するかと問われれば否、だった訳で。と、言う訳で…唯一動かせる腕をそっとサンジの背中へと…廻してみたりした訳で。
だからまさかそんな反応が返って来るなんて思ってもいなかったのに、サンジの体が驚く程に大きく…それこそ、飛び上がらんばかりに震えたのには、正直おいおい大丈夫かって言うかそんなに嫌ならさっさと離してくれりゃ―イイんだけどな?とか思いつつも、ちょっとだけ寂しく思ってしまったのはまァ、その…仕方が無ェよなうんうんだってなーおれ様サンジの事実は好きだったりする訳で。
でもってサンジはナミとキスしてェのは明らかだし、せめてタバコ臭いのだけはやめておいた方が賢明だぞ、と助言してさっさと離して貰わないと…その、いい加減心臓がパンクしそうな訳で。
「なーだったらその、離してくれね?いい加減見張りに行かねえとマズいしよ…」
「やだ」
「何でだよ!つーかおれ様なんかとこんな事してる暇あるんなら、さっさとナミの所へ行ってさ…あ、でもタバコ臭いのは苦手だーって言ってたから、そうだこのみかんティー飲んで行けばバッチリじゃねーか、な?」
サンジの恋を応援するからさ、と背中をポンポンと叩いてやると…漸く腕の力が緩み、体が自由を取り戻した。
確かな、喪失感にうんやっぱ辛ェけど二人が幸せになれるんならそれはとても良い事だしなーと思っていると、サンジはおれ様のマグカップに残っていたみかんティーを一気に煽って…おお、すげェ気合入ってんなーと見ていたおれ様の、目の前に…

ちゅ

ん?
みかんの甘い香がふわっと漂って…うん、やっぱタバコよりみかんの方がイイよな、って。

「え!?え、ちょ……サ、ンジ………!?」
「好きだ、ウソップ…おまえが、好きだ…」

と言う告白と共に贈られたのは、確かにサンジのキスで…いやちょっと待てよ何でおれ?
おまけに好きって言われたぞちょっと待てよ何だよそれ、え、え?だってサンジはナミの事が好きなんだぞなのになんで?あ、そうか練習かそうかそうか、そうだよきっとだってサンジがおれなんか好きになる訳無ェだろうんきっと…
「おいこら、その顔は…信じてねェな?」
だってだってサンジはレディ命でレディ以外にましてやおれなんか、強くも無いし役に立たないし何やってもだめだし…
「お前の事が、好きなんだよ…クソ、どうやったら信じてくれんだよ…好きだよ、すげー好きだ!愛してるんだよ、ってう、わわ!」
サンジが目を丸くしてこっちを凝視してきて、何だよやっぱ勘違いだったんだろ?何だよすっかり騙されるところだったよ危ねー危ねーと視線を床へ落としたその先に、ぼたりぼたりと何か液体が零れて伝って床に丸い染みを幾つも幾つも描いているのを見て。
やっと自分が泣いている事に気付いた。
「ごめん!お前の気持ち全然考えて無かった!つーかいきなりキスとか、おれすげーバカだった…今更何だ!って怒ってくれてイイから…だから泣かないでくれ、ウソップ…」
おろおろと狼狽するサンジはおれ様の事を腫物でも触るかのように、胸元から取り出した綺麗なハンカチで目元を拭ってくれたり背中を擦ってくれたり…何だよ、さっきとまるで正反対じゃねーか。
「…サンジのあほ…」
「っ、おう……」
「でもってばか、やろー…お、れ…はじめてだったんだ、ぞ…」
「えっ!それは…嬉……いや、ごめん!マジでごめん!」
初めてだったんだぞ、と言った瞬間の喜ぶ様にもう何なんだよコイツ…と、心底呆れたけれど、でも、だけど…
「責任、取ってくれよな」
「う、ハイ…明日から何でも好きな物作ってやっからさ…その、予算の範囲内で、だけど…」
「キノコは…」
「今後一切、入れね…ません!」
「サンマ喰いたいけど…」
「旬の食材メインで仕入れるから、その辺はその…融通効かせて頂けると、その…」
それにほら、魚は釣った物次第だし!と尚もおれ様のご機嫌を取るのに必死なその態度に、ああもう本当どうしようも無い位に…
「じゃー、許してやる。でもって…」
「マジか!?って、え?」

ちゅ

と、サンジの唇にキスを贈った。
その時のサンジの顔は何というか、非常に可愛かったけれどそんなの一瞬の事で、それこそ次の瞬間にはぎゅうぎゅうと窒息死寸前の腕力で締め上げられていて。
「ウソップ、ウソップ…今のって返事だよな?おれの勘違いじゃねェよな?ウソップ…!!」
「ぐぇぇぇぇぇぇっ!ぐ、ぐるじ…じぬ……」
「ハッ!?ウソップ悪ィ!死ぬなウソップ!そうだ人工呼吸を…!」
されそうになって慌ててサンジの口へ手を被せながらも、足らなかった酸素を大至急肺へと送り込んだ事で大事には至らなかった。
「…ハグ禁止にしてもイイか?」
「う、すまねェ…だけどウソップ…」
「良いから、ちょっとは落ち着いてくれよ…じゃねェとおれ様が持たねェってーの…」
ただでさえサンジが、その…そういう意味でおれ様の事を、とか改めて考えるだけで顔とか頬とかが熱を持ってしまい…いや、もう今更なのだが良くまァ壊れないよな心臓、と感心する位には酷使している自覚はある。
もうちょっとだけ持ってくれよな、と願いながら…すーはーと深呼吸をすると…サンジもおれ様の緊張が伝わったのだろう、神妙な顔になって待ってくれている。
「あのな、サンジ…」
「おう」
「おれも、その…」
バクンバクンと鼓動を強める心臓の上へ拳を重ね、一度瞳を閉じて大きく息を吸い込み。

「すき、だから…サンジの事…」
「ウソップ……!」

今度はちゃんと、手加減されている…けれど決して弱くはない力で抱き締められてああ、何だよもう…滅茶苦茶恥ずかしいのにそれ以上に嬉しいって本当すげーよな…と、もう頭の中はお花畑状態だ。
がしかし現実はそんなに甘くもなく、気付けば見張り当番の時間をすっかり過ぎてしまっている事に気付いた訳で。
「ってちょっとサンジくん…離して」
「んだよ、もうちょっと良いだろ?」
「ダメだって、本当マジで見張りの時間過ぎちまってるし…」
後でナミにドヤされちまう!とおれ様が必死の形相で喚いた甲斐あって、何とかハグから抜け出す事に成功した訳だが、サンジはご立腹の様でむくれたままだ。
「あーもう、仕方ねェだろ?」
「…折角両想いになったのに…つれない…せつない…」
「そっ……んなの、おおおれさまだって…」
「ウソップぅぅぅぅぅっ!」
「かと言って、ナミに怒られるのはもっとゴメンだからな、じゃーな!」
ウソップ!!!と尚も騒々しいサンジの鼻先で扉を閉めると、ションボリした金色の頭が丸窓から見えたから。
本当、仕方が無ェヤツだな…と思いながらも扉を薄く開き話しかける。
「あー小腹減ったし、何か夜食欲しいよなー特に、あのみかんティー美味かったんだよなー」
「!!!!!おう、任せとけ!」
ぱあっと明るくなるサンジの表情に、おれ様も嬉しくなってしまい…意気揚々と見張り台へと急いだ。
にしても、まさか今夜両想いになれるなんて全く思ってもみなかったし…ナミとの会話がキッカケになるなんてのも、予想外としか言いようがなくて。
そして、図らずもはじめてのキスは…

「みかん味か、うん…悪くねェな」

タバコ味でもニンニク味でも全く構わなかったのだが、図らずしもみかん味になったファーストキス。
これから先、みかんを食べる度に今日の事を思い出しちまうかもな、等と恥ずかしい事を考えつつも、自ずとサンジの事を考えてしまう。

早く来ねェかな。
今日の夜食、何だろうな。
みかんティー、美味かったな。
それからそれから…

もう一回キス、して欲しいな。

きっとサンジの事だから、頼まなくたってしてきそうだけど…もしかしてくれなかったらその時は。

「…みかん味で良かったら、してやるかな…?」

はじめてのキスと同じ味のキスを、贈ってやろう。
甘いあまい
とろけるように
しあわせなキスを…


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