7.上手なキスの仕方を教えて

「俺は刺す事しか出来ねえんだけどなあ」

「ふふっ、そんな事ありませんよ。ありがとうございます、御手杵さん」

ある日の朝。洗濯物を干そうと思っていれば、そこに偶々居合わせた御手杵さんと目があったのが始まり。刀剣男子達が沢山増えてきた為に、洗濯物も日々の食事も数はどんどん増えていく。今日も大変な量を持ち運んでいれば、御手杵さんが手伝ってくれたのだ。そのまま洗濯物を干す所まで手伝ってくれるという優しさ、感動です、感無量です。

「私は皆さんみたいに背が大きくないので、高い所に手が届くのは凄く助かります」

「そうかあ?俺からしたらそうでもないけどな。まっあんたの役に立ててんなら、良いか」

「あっそこにその竿を刺して下さい!!」

「おうっ任せろ!!」

刺す、という単語に過剰に反応する彼に少し笑ってしまった。でも、彼はきっと刺す事しか出来ない事に強くコンプレックスを抱いているのだろう。重傷で返ってきた時は普段は見せない彼の闇を見た気がしたし、彼なりに色々と考えているんだと思う。でも私に出来るのは、彼の帰れる場所を護ることと、こうして些細な形で支える事だけ。
「わあ……全部干せました!いつもより断然早いです、御手杵さん!!」

「そっか、良かったな。………あ」

「おお、主ではないか!!今日は御手杵と一緒なのだな」

それにしても相変わらず主は小さいなあと岩融さんが高らかに笑う。改めてみると本当に大きいなあ、と二人の顔を見上げてたら首が痛くなりそうになった。この二人から見た世界って、どんな感じなんだろう??私よりもっと景色が見渡せて、広いのかな。

「そういえば、一期一振が最近元気が無いようだが」

「えっ本当ですか??どうしたのでしょう」

「そういえば大倶利伽羅も本調子じゃないみたいだぜ?」

「大倶利伽羅さんも!?ど、どどどうしましょう…」

岩融さんと御手杵さんにそう告げられ、どうしようと頭を悩ませた。一振さんの元気がない、大倶利伽羅さんも本調子じゃない、正直両方気がかりで選ぶのはかなり難易度が高かった。少し大倶利伽羅さん贔屓してるらしい私は、此処は一振さんの様子を見に行くべき??でも、やっぱり大倶利伽羅さんも気になってしまう。これでは埒が明かないぞ、私。

「ひとふりさんとおおくりからさん………どう…どうすれば…」

「おい、どうしたんだ?」

「ふむ、主はかなり悩んでるな。此処は俺らが助けてやろう!!」

「っわああああ!?」

グワンッと勢いよく変わる視界にかなり大きな声が出た。咄嗟に口を抑えたがその努力は無駄に終わってしまったようで、岩融さんはがっはっはと大きな声で笑う。御手杵さんは大丈夫か?と軽く聞いてくるだけで何も私を助けてくれる様な素振りはまるで見えない。所詮今の私は岩融さんに姫抱っこをされている状態である。高い、とにかく高い!!しかもお遊び半分でほれっと私を上に飛ばすから心臓が恐怖でいっぱいである。

「大丈夫ですかっ!!」

「おいっ今のは、」

「よし。一石二鳥になったぞ、主よ」

「は………はひぃ………??」

フラフラになりながら視線を横に向ければ、焦った表情の一振さんと大倶利伽羅さんがすぐ近くにいて。一瞬で意識を取り戻せば不意に一振さんが私の目の前に立ち、私の頬に触れる。

「っ、ひ、とふり…さ………!?」

「はあ………良かった、また何かあったのかと心配致しました」

優しく愛でる様に触れる掌がビリビリ全身に回っていく。一振さんの手が熱い、でも、多分それは自分の体温が上がっているからなんだと思った。まるで夢のような感覚でボーッとしていれば、一振さんの後ろからおい、と声が掛かる。ハッと意識を向けた瞬間、私の身体は岩融さんからは離れていた。

「………………あんまり近付くな」

「大倶利伽羅さん………?」

「……なあ、何かあいつ怒ってないか?」

「うむ、修羅場というやつだな。面白い!!主よ、後は頼んだぞ!!」

「えっ」

二人して手を振りながら去って行く姿を、今は止める事が出来なかった。岩融さんから離れた身体は今は大倶利伽羅さんの手の内にいて、心臓が鷲掴みにされた気分。それよりも、今の二人の雰囲気が殺伐としてて何が何だか分からない。一振さんもいつもより険しい表情だし、大倶利伽羅さんも手に力が凄く入ってる。

「…お言葉ですが、彼女は貴方の所有物ではありませんよ」

「だから何だ」

「私の主をどう想おうと、それは私の自由です。彼女を離して下さい」

「……………チッ」

小さく聞こえた大倶利伽羅さんの声。恐る恐る彼を見れば視線が重なる。いつもよりギラギラしている様な気がして、また胸が苦しくなった。名前を呼ぶと、また彼の力が強くなる。このまま、離れてしまうのかな。

「………喋るなよ」

「え、っ………!?」

「!?大倶利伽羅殿!」

突然空気を感じたかと思えば、さっきまで前にいた一振さんの姿が見えなくなっていた。代わりに遠くから大倶利伽羅殿と呼ぶ声が聞こえてやっと今の状況を理解する。大倶利伽羅さんは私を抱えたまま何処かへ向かっていて、気を抜けば落ちてしまいそう。

「っ掴まれ、じゃないと落ちるぞ!」

「ぁ、はっはい……!!」

いつもより真剣な声でそう告られ、こんな時なのにドキドキしてしまった。勢いで大倶利伽羅さんの首に手を回せば、今、こんなに近くにいるんだと再認識される。どうしよう、きっと私だけだ。今の状況に、嬉しいと感じているのは、彼の呼吸が近い、距離も、何もかも。そっと目を向けると、眉を寄せている表情と一瞬目が合った気がして。あ、と気付いたと思えばまた視界がガラリと変わった。

「っ!!?むぅ………!?」

「悪い、………今は我慢しろ」

口元を手で塞がれ、とりあえずコクコクと首を振り合図をした。黙っていればバタバタと外から音が聞こえる。耳を澄ませれば、それは刀剣男子達の足音と声。断片にしか聞こえないけれど、こっちにはいない、などの声が聞き取れた。……もしかして、探されてる?

「……………一先ずは行ったか」

「あの、これって……」

「拉致だな」

「自分で言っちゃうんですか…!?」

何事もなく言ってるけど、拉致ってとんでもない事してますよ大倶利伽羅さん!!とは言えず。そしてこの話も、何だか外にいる人達に申し訳ない気がしてるのでコソコソ話みたいになっている。一番近い部屋に無断で入ったけど、この部屋はまだ誰にも振り分けられていない空き部屋だった。

「………その、聞きました。大倶利伽羅さんが最近本調子じゃないって。何処か体調が優れませんか?私じゃ頼りないですが、もし悩みがあったら、聞く事は出来ますので…!」

「別に体調は悪くない。あいつらが勝手にそう判断してるだけじゃないのか」

「そうなんですか?いえ、大倶利伽羅さんがそう仰るなら良いんですけど…」

「ただ、あんたには1つ思う事がある」

「ま、また私ですか!?」

もう一体今度は何をやってしまったんだ、私!!と自分を責め立てる。知らない間に彼の嫌がるような事をしてしまったのだろうか、もしくは大倶利伽羅さん本人じゃなくても、他の皆さんに嫌がる事をして、それを見た大倶利伽羅さんが私を最低だとか思ったとか!?嫌いな食べ物を出したとかだったらこんなに多くの刀剣男子がいるから、否定は出来なさそう。それとも、行きたくない遠征場所とかに知らぬ間に任命してしまったとか。でも決定的なものが浮かばない。

「うう……ごめんなさい、色々思い当たる点がありすぎて、本当に申し訳ないです」

「?何の話をしているんだ」

「え?私、大倶利伽羅さんに何か嫌がる事をしてしまったんです、よね……?」

「………はぁ」

ガクッと首を下げ深い溜め息をつく彼に、少しビクッとしてしまった。だってまだ私は同じ距離でいるから、襟足の伸びた髪の毛が私の顔に触れて擽ったいと同時に、恥ずかしい。いやいや今はそんな邪念は振り払わないといけないのに私は何を考えているの!…ああもう、ごめんなさいって、今謝ったばかりなのに。

「俺は、あんたの事は嫌いじゃない。だがあんたは無防備すぎる」

「む、むぼうび………?」

「今の状況、何で拒まないんだ」

真っ直ぐに見つめられて、返事をしようと思うのに止まってしまった。端正な顔立ち、近くで響く低い声、熱く強い身体。どうして拒まないのかって、そんなの、私が彼を拒む理由が無いから。初めて自分で資材を考え、初めて自分で選んだひと。1人目の刀剣男子では無いけれど、でも私にとっては、特別なひとだから。どう考えたって拒めない、大事で大好きなひと。

「わ……私、拒めません。だって…大倶利伽羅さんの事が、その…………すき、だから」

「………!」

最後のすきは、最早この近さでも大倶利伽羅さんに届いたのかは分からない。前もつい気持ちが溢れて好きが零れてしまったけど、あの時は少し熱の影響もあったのでは、と考えた。でも実際はいつも目で追いかけていて、話しかけるとぶっきらぼうに反応してくれる貴方がどんどん好きになっている。

「………俺は、何度も言うが馴れ合うつもりはない。でもあんたなら、良いと思えた。俺も…………俺は、あんたが、好きだ」

「!?」

ドクンッて、心臓が激しく動いた気がした。今、なんて言った??すきって、あのすきで良いのかな。他の意味じゃないのか、なんて整理出来ない位身体中の血液が活発化しているような感覚。あつい、でも、嬉しい。嬉しいけど、目の前にいる大倶利伽羅さんが、ボヤけて見える。

「ゎ………わ、たし……っ」

「っ泣いてるのか?どうして、」

「どうしてって、当たり前じゃないですか………だって、嫌いじゃないってだけでも嬉しいのに、すきって、言ってくれるから………っ」

初めて、この世界に来て、涙が零れた。それは悲しいわけでもなく辛い訳じゃなく、嬉しいから。静かにしなきゃバレちゃうって分かっているのに、涙が出て止まらなくて、つい声が出てしまう。大倶利伽羅さんは私の状態に焦っているような感じがして、ごめんなさいと思いつつ今の状況は変えられないのがひどくもどかしい。恐る恐る大倶利伽羅さんに縋りつけば、息を呑む声が聞こえた気がした。その後すぐに後頭部に手が周ってきたと気づいた瞬間、今までで一番、彼が近くにいた。

「っ……ん……ぅ……!」

「……は、」

ゆっくり離れていき、まだ近い距離のままただ静かに見つめ合う。綺麗な瞳ーーーそう思ったけど、その思考は長く続かない。まるで夢のような気持ちで、今の出来事が実感出来てない。………いや、実感、してるからこそ、考えたら沸騰しそうでダメなんだ。好きが溢れて、止まらない。その後何回か口付けが続き、また離れる。あっという間の出来事は、私の涙を簡単に止めた。

「っおおくり、からさん……」

「………それ」

「え?」

「その顔、他には見せるな」

そう告げられ、思わずどんな顔だろうかなんて考えるまでもなくはい、と頷いてしまった。ああ、私今幸せですなんて考えている辺り、やっぱり貴方を贔屓しているのでしょう。こんな戦場の中でも誰かを好いてしまうのは、心の中で戦場よりも彼を贔屓してしまっている証。なんて、罪なひと。

「…………大倶利伽羅さん、私も…貴方の事が、好きです」

初めて、目の前にいる貴方の、優しい表情を見た。

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