5.今なら素直に好きといえる
「…あ、れ……?」
「おお!気付いたかい?」
暖かい布団に包まれたまま、ゆっくりと目を開く。私はあれからどうなったんだっけと考えていれば、席を外していたのか一振さんが部屋に入った瞬間、私の傍に座り込む。
「目が覚めたのですね…!体調はどうですか?熱があるみたいですが…」
「え、熱ですか?全然気付きませんでした…」
ただの頭痛かと思えば、熱という立派な病状だったみたいで。確かに、次郎太刀さんに担がれた時暑いなと思ったし、今もいつもより暑いなと感じたのを考えれば、合点がいく。そっか、熱……かあ。
「まだ安静にした方がよろしいかと。今日は弟達にも家事は手伝わせますので」
「だっ大丈夫ですよ!今寝たので大分頭痛は治まりましたし、家事なら私が、」
「っそれはいけません。…私達に、どうかお任せください」
「え、え………?」
そう私に告げる一振さんの表情は、険しい。どうしてそんなに必死なのか、思わずそう聞こうと口を開けば、次郎太刀さんが静かに私の背中に触れる。
「……責任、感じてるのよ」
「でも、ただの熱ですよ…?」
「それでも、重症なのは違いないでしょ?」
そうだ、ここは戦国の時代。私にとっては微熱程度と高を括れるような症状でも、この時代の人達にとっては用心出来ない認識なんだ。だから、一振さんも次郎太刀さんも深刻に受け止めていて。私だけ、平気だと思っていたんだ。
「一振さん、」
「はい」
「あの、お気遣いありがとうございます。その………今日は、お言葉に甘えさせて頂いても大丈夫ですか?」
「!勿論です。全力で支援致します!」
先程より明るい表情を浮かべ、一振さんはすぐに部屋を去って行った。次郎太刀さんも満足そうな顔で、私の頭をよしよしと撫でてくれる。本当に皆さんは暖かいひと達だなあ、としんみり感じていれば、不意に次郎太刀さんが兄貴に会いに行くと立ち上がった。
「寂しくなったらいつでも呼んで………あ、」
「どうしたんですか?」
「あはっ何でもなーい!全然気にしないで、ちゃんとアタシの代わり連れてくるからさ!」
「かわり?そこまでは大丈夫で、って次郎太刀さーーーーーん!!?」
明るい笑顔でそのまま部屋を去って行く次郎太刀さんに、伸ばした腕が力なく落ちる。別にそこまでしなくても大丈夫なのに、一体誰が来てくれるんだろう?皆忙しいだろうに申し訳ないなあ、早朝に出陣したひと達は大丈夫だろうか?…大倶利伽羅さんは、怪我なく帰って来てくれるかな。勿論皆心配だけども。
「一振さんにお願いしますって言っちゃったから今すぐ部屋は出られないとして……やっぱり、今は休んで早く治すしかないよね」
こうなったら一日もかからず治してやろうと、布団に入り直す。幸い咳は出てないし、怠いのと頭痛だけだから寝ればなんとかなるだろう。環境が変わったから体調が悪くなったのかとも思ったけど、それなりの日数はもう過ごしているしただの私の不注意か。布団に入りそんな考えを巡らせていれば、自然と眠気が私を包む。目が覚めたら、その時は誰かと話がしたいな。
「ぅ………、今、何時…だろ…」
つい癖で時計を探すも、戦国の時代にはないんだった。結構寝た気がするし、障子の奥からの日の入りが明るくない辺り夕方位だろうか。とりあえず布団を捲り身体を起こせば、幾分か楽になったのか身体を伸ばすと気持ちいい。そろそろ食事を取ろうと立ち上がれば、先程は気付かなかった障子の奥に見える影に気がついた。
「…………?だれかいますか?」
「…………………」
………無言だ。うんともすんとも返ってこないし、影もまるで動かない。誰かいるよね絶対、と思うも此処まで動きがないと不安にもなる。……まさか幽霊だなんて、いやいや絶対それはない!!でも障子を開けた先に誰もいなかったらと思うと……正直、怖い。よし、これで開けていなかったら、今日は誰かの部屋で一緒に寝ようそうしよう!!と自分に宣言し障子に手をかけた。
「っうそ、大倶利伽羅さん…!?」
暗くなってきた天気に紛れるように床に座り込むのは、全くの予想外の大倶利伽羅さんだった。自分の刀を横に置き、静かに佇む姿はまるで一つの作品のように景色に溶け込んでいて、思わず息を呑む。恐る恐る部屋から出て彼に近付けば、やっと大倶利伽羅さんの視線が動く。
「あの…いつからそこに…?」
「……さあな」
「さあって…………ちょ、ちょっと失礼します!!」
この雰囲気だといつからって絶対言ってくれなさそうだ、そう判断し急いで大倶利伽羅さんの手に触れる。触れた瞬間、やっぱりと思ってしまったのは私が彼を優しいと認識しているからだろう。大倶利伽羅さんの手はとても冷たくて、何分前という短い時間でない事がよく分かった。
「っどうして長く外にいたんですか、風邪引いちゃいますよ!!」
「あんたが、此処に来いって言ったんだろう」
「私!?」
「正確に言えば言っていた、だけどな。……次郎太刀に言われただけだ」
「次郎太刀さん!?」
もしかして、さっきアタシの代わりを連れてくるって言ってた人が実は大倶利伽羅さんだったって事、なの?何を思って大倶利伽羅さんを呼んだのは分からないけど、でもこんな寒空の中暖房器具もないのに外に居座るだなんて。
「っその、すみませんでした!」
「…なんで謝るんだ」
「だ、だって私が直接言ってないにしろ大倶利伽羅さんを呼び出したのは私のせいですし、こんな寒い外にずっといさせて何も気付かなかくて、だから……とりあえず、私の体温あげますね!?」
大倶利伽羅さんの手を両手で包めば冷たさが私の手に伝わる。熱を出した私にとっては、大倶利伽羅さんの手は今はとても気持ちが良い温度だ。……あ、でも片手を暖めただけじゃ意味ないじゃないの、私。
「……でも、まさか大倶利伽羅さんが来てくれるなんて思いませんでした。そういうのは光忠さんとかにーとかって言ってそうで」
「光忠が来れば良かったのか、」
「そ、そういうわけではないです!私は大倶利伽羅さんが来てくれて、とっても嬉しくてあの…………本当に、大倶利伽羅さんだから、こんなに心配、なんです…」
「…………!」
少しの間、沈黙が辺りを包む。この世界に来るまではこんなに男のひとに近付いた経験もまるで少ないし、こんなに心配なのも大倶利伽羅さんだけ。忘れかけていた熱がまた蘇ってきてはぁ、と息をつけば私の手から離れた彼の手が、私のおでこに触れた。
「熱いな」
「!?あ、の、あの、大倶利伽羅さん…!」
「何だ。こういうのはいつもあいつらがやっているだろ?」
「でもそれとこれとは全然違、ーーっ!?」
顔が近いです、と言おうとした言葉は、声には出せなかった。それよりももっと大倶利伽羅さんが近くて、時間が止まったみたいに動けなくなっている私がいる。さっきまでおでこに触れていた手は私の背中に回ってて、目の前に、大倶利伽羅さんの肩が見える。あつい、そう感じた時には胸が張り裂けそうな位ドキドキしてた。私、大倶利伽羅さんに、抱き締められてる。
「あんたの体温、俺にくれるんだろ」
「そ、れは」
「くれよ。あんたの熱、貰ってやるから」
「大倶利伽羅さん……」
そっと私からも背中に手を回せば、大倶利伽羅さんでいっぱいになる。彼の伸びた髪は少し擽ったいけど、でも、やっぱり大倶利伽羅さんといると安心した。目を瞑れば温もりをもっと感じて、凄く恥ずかしいけど、嬉しい。ああ、大倶利伽羅さんの香りってこうだったなと思い返し、もっとくっついていたいって素直に思った。
「………すき………」
(あんたの事が心配だったんだ)
あんたに自分から触れたのは、今回が2回目だった。あの時は腕に触れた。あんたが、不安で震えていたからだ。だが今回は逆だ。あんたがいなくなるんじゃないかって考えたら、勝手に震えたんだ、俺が。細い腕も、いつもより熱い身体も、近くに感じた。でも、あんたは此処にいる。……もう、こんな想いはしたくない。俺が、させない。