10.狼まであと何秒?

私が初めてトリップして、大倶利伽羅さん達に出会って。一回帰ってきたかと思えば大倶利伽羅さんと一振さんも私の世界に来てしまうという、不思議な体験を幾度もした。帰ってきた当初は私は向こうの世界の事を沢山忘れていて、悲しい思いや、思い出せて嬉しいという思いなど、色んな気持ちがあった。私の世界で何日も過ごして、いつしかこれが当たり前の生活に思える日々。それでも、心の何処かでお二人はいつしか帰らなきゃいけないと分かっていた。でも、もしお二人が帰ってしまったら、私はどうなるんだろう?また二人の事を忘れてしまうのか、それとも、一緒に向こうの世界に行くのか。一緒、彼の言葉が私の心に強く響く。

「……ぅ………もう…朝、?」

私の好きな歌がアラームとして起きる時間を告げる。まだ眠気はあるものの、起きなきゃと無理矢理身体を起こす。起こしてから隣を見ると、私の隣には誰もいなかった。………いや、違う。

「あ、あれ、大倶利伽羅さん?一振さん?」

左を見ても右を見ても、人の気配はおろか物音も一切しない。ベッドから降りて玄関を見ても靴はない、洗い物のジャージも、押入れに入れていた衣服も、全部。それを目の当たりにした瞬間、ああ、帰ってしまったんだと理解した。何処かに出かけたのではなく、向こうの、本来彼らがいるべき世界へ。

「これで、良いんですよね」

誰にそう問いかけたのかは分からない。自分に向けているのか、はたまたもう此処にはいない二人に向けてなのか。今回は前回とは違い、記憶はそのまま残っていた。まさか今までの事は幻だったのかとも考え部屋の中の物を再度探ると、一振さんが買ってきた食材はしっかりと冷蔵庫に残っている。やっぱり夢でも幻でもない、じゃあ私はこれからどうしたら良いのでしょう?






「ただいま、」

その日の用事を済ませ、借りた部屋に帰宅する。靴を脱いでリビングに入り鞄を下ろすと、鏡に映る自分と目が合った。不安に揺れる顔は、まさに今の心情を現している。さびしい、そう溢れる一声は私の本音。今までの事は本来ならあり得ない出来事で、これを続けるのは多分、いけないこと。分かっているはずなのに何処かでそれを受け入れたくないのは、私があの人達を大切な存在として認識しているからだ。はあ、と重い溜息をつき私服のままベッドにボフンと倒れ込む。いつも二人で寝ていたベッドは、今は広く感じます。

「大倶利伽羅さん…………」

うわ言の様に、彼の名前を呟く。ずっと一緒、そう言ってくれた貴方は遠くに行って。私も一緒に連れて行ってくれたら良かったのに、そんな事を思いながら眼を瞑ると、ふと頭にぬくもりを感じた。

「っ、……ぇ…?」

「…………いつまで、そこにいるんだ」

「ぉ、お、くりから…さん……っ…!?」

勢い良く起き上がると、確かに、私の頭を撫でる貴方がいた。でもあまり時間が無いのか、彼の身体は薄っすらとしている。多分このまま少し時間が経てば元のあの世界に戻ってしまうのだろう、彼の表情もあまり余裕のあるいつもの顔ではなかった。手を伸ばせば、ちゃんと触れる事が出来る。大倶利伽羅さん、もう一度確かめるように名前を呼ぶと、ああ、と短い返事が返ってくる。

「まっまた、行っちゃうんですか、」

「……そうだ」

「い………一緒、って……言ってくれたのに……っ」

「ああ。だから来たんだろ」

「ぇ、ええ………?」

思わず溢れそうになる涙が一時停止の様に止まる。つまりはどういう事なのかすぐには理解が出来なくて、ただ大倶利伽羅さんの瞳を見つめ返す事しか出来ない。

「一緒に、来い」

「あの、えっと……」

「………あんたの傍にいさせてくれよ」

「…………っ!」

真っ直ぐに見つめられる視線が、熱い。きっと、大倶利伽羅さんは此方の世界にはいられない。だから私は選択しなければいけないんだ、自分の今まで過ごしていたこの世界に留まるか、大好きなひとの待つ向こうの世界に行くか。簡単にこの世界を置いていくのは、流石に出来ない。でもこのまま悩んでいたら、大倶利伽羅さんはもう、多分二度と会えない。まるで私じゃない誰かが語りかけてくるかのように、どっちにするのと揺さぶられる。

「私は、この世界が大事です。家族もいる、友達もいる、住んでいるこの場所も、思い出も、沢山………でも、それを置いてでも、私……大倶利伽羅さんと、もっとずっと一緒にいたいです……っ!」

繋がった手に力を込めれば、大倶利伽羅さんも強く握り返す。やっぱり離れたくない、何日も一緒にいて、好きって伝えられたというのにもう会えないなんて考えたくないんです。

「………俺は、あの時から変わらない。あんたの傍にいるって決めた。他の奴らでもない、俺だけがあんたの隣にいれば良い。……行くぞ」

「………はい!!」

決意を固め大倶利伽羅さんの声に応えた瞬間、目の前が真っ白になる。光に包まれるような暖かい感じが、不思議と怖くは感じなかった。それは多分、ずっと繋がれた手を感じる事が出来たからだと思う。漸く瞳を開けた先に見えたのは、何日も前に見たよく知った場所。

「………戻ってきたんですね」

「ああ」

隣に視線を移せば、大好きなひとがいる。その後すぐに聞こえたのは、主と呼ぶ声。涙を浮かべながらこちらに向かってくるひと達を見たら、何だか私まで涙が溢れた。こんなにも必要としてくれて私を待っていてくれた事がこんなに嬉しいだなんて、皆さんと過ごしてなかったら絶対分からなかった。嬉しくて私からも皆さんの所に行こうと足を動かすと、抑える様に肩に触れられる。条件反射で振り向いた先に見えたのは、初めて会って感じたあの時と同じ、金色の瞳。

「っん……ぅ…!」

「……はっ、顔、真っ赤だな」

「〜っ!?お、大倶利伽羅さん…!?」
不意に微笑んだ大倶利伽羅さんを真近で見て、更に胸が締め付けられた。ハッと横を見たら、驚いた顔の皆さんがいる。それを見て更に身体が熱くなるような感覚がする。こんな顔を見られたくない、そう思って俯いていると、私の耳元に口を寄せた大倶利伽羅さんは私だけに聞こえる声で欲しい言葉をかけてくれた。それは元の世界にいた時に、貴方に伝えた言葉。私達だけしか知らない、二人の秘密。ああ、やっぱり私は大倶利伽羅さんを贔屓してしまいます。貴方はこんなに、愛しいひと。

「あんたが好きだ、琥珀」

「………!私、私も………大好き、です!」

名を伝えたのは、たったひとりの君だけ。



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