8.無意識のゼロセンチ

「では大倶利伽羅殿、主の事はお願いしますね」

「あ、あの、大丈夫ですよ?一応今まで此処で一人暮らししてたので……」

「言われなくても分かってる」

「大倶利伽羅さんもそのまま応えないで下さい!」

ちょっと遠出の買い出しという事で、一振さんは朝から家を出ていた。お二人は此方での生活にも大分慣れてきたもので、ネットという便利なもので揃えた私服も軽々と着こなしていた。それを間近で見ている私は、正直言うととても心臓に刺激がありすぎて大変です。ただでさえ見た目も良くて、中身も良いお二人が着飾って、マイナス面がまるで見えやしない。家事も進んで手伝ってくれている辺り、家主の私自身は頼りないなあ、とちょっと落ち込んでしまう。そんな気持ちに天気が応えてしまったのか、朝は晴れていた空模様は曇天に変わり大粒の雨を降らせていた。

「ひゃっ」

「………どうしたんだ」

「い、いえ、雷が突然鳴ったので少し吃驚してしまいました……あはは」

本に集中していた為か、突然の大きな音に吃驚してしまった。外に目を向けると、チカチカと光りながらその後に大きな音を鳴らす雷が止まらない。心配になって一振さんにメールを送れば一振さんのいる駅の方はまだ天気は悪くないらしく、一時的に此処だけが酷い天気である事が分かった。大倶利伽羅さんはこの天気に特に感じてないらしく、いつも通り適当なテレビを見ている。そんな様子を眺めていると、ずっと近い雷の音が大きな音を立てて落ちた。バンッと音を立てたブレーカーと共に。

「……………っ!?」

「、敵か…!?」

「ち、違いますよ!ブレーカーが、電気を使う為の電源が、落ちてしまったんです」

「なら、それを戻せば良いのか?」

「多分そうだと思うんですけど……あの、大倶利伽羅さん、今どこにいますか…?」

本を閉じて周りを見渡すも夜でカーテンも締め切った状態だからか、何も見えない。大倶利伽羅さんの声は聞こえるけど、暗闇で気持ちは当然ながら不安を募らせる。向こうの世界で明かりのない生活にも慣れていたと思ったけれど、此処に戻った事ですっかり戻ってしまったみたいだ。大倶利伽羅さん、そう呟きながら手を伸ばせば、優しく手を取られる。此処にいる、そう告げられた時には私の身体は大倶利伽羅さんに包まれていた。

「っ大倶利伽羅さん……」

「無理するな。……俺はいなくならないって、言っただろ」

「………でも、いつかいなくなっちゃいます…」

「その時はあんたも連れて行く。だから一緒だ」

「…………っ!」

強く抱き締められて、耳元でそう告げられる。一緒、その言葉がどれだけ私を元気にしてくれるのか貴方は知らないのでしょう。好きが溢れて私からも彼の背に腕を回すと距離がまた縮まったような気がして凄く嬉しかった。それでも、そんな雰囲気を邪魔するかのように雷と雨は降り続ける。このままじゃダメだと、私達はブレーカーを戻す事に決めた。

「……大倶利伽羅さんは、見えるんですか?」

「これなら見える。あんたは見えないのか?」

「全然見えないです………今何処にいるのかも分からないです」

「はあ…………そこじゃぶつかる。こっちだ」

私が夜目が利かないから、大倶利伽羅さんに手を引いて貰って部屋を移動する。一人暮らしだからそんなに部屋は大きくないけれど、真っ暗な部屋はまるで私の部屋とは思えないくらいに広く感じた。玄関までゆっくり連れてきてもらうと、手探りでブレーカーのある所を探す。パチンッとブレーカーを無事に探し当て上に押し上げると、確かに上げた筈なのに部屋は明るくならなかった。再度大倶利伽羅さんに手を引いてもらい部屋に戻ると、どうやらこの近辺はほぼ停電しているらしかった。停電となればどうする事も出来ないので、あとは自然回復を待つしかない。

「雨、止まないですね」

「…………そうだな」

ベッドの上でそんな会話を交わす。すぐに沈黙が訪れるものの、外の雨音が沈黙を掻き消すように音を響かせていた。ふと隣に視線を移すも、大倶利伽羅さんは隣にいるはずなのにやっぱり見えない。今目が合っているのかもよく分からなくて、もう一度手を伸ばすと大倶利伽羅さんの手に触れられた。恐る恐る握ってみると、恋人繋ぎのように絡め取られる。……自分からやったくせに、今更恥ずかしくなってきました。

「…………あんたが好きだ」

「え…………えっ…!?」

ぎゅっと手を握られたかと思えば、好きだと言われ頭がパンクする。またさっきみたいに抱き締められて、気付けば私は流れで押し倒されていた。顔の横にある布団が沈んで、上に大倶利伽羅さんがいるのが何となく分かる。空気を感じたかと思えば、突然息が出来なくなる。キス、されてるんだと分かった瞬間、身体が熱くなった気がした。

「っん…………ぁ、お…くりから、さ…っ」

「は………っ好きだ」

「な、何回も言わないで下さい…!恥ずかしいです……っ」

このままじゃ沸騰してしまう、比喩ではなく本当に。自分の胸元に手を当てたら、凄くドキドキしてるのがよく分かる。少しのキスで息が上がってしまうと、大倶利伽羅さんは私に覆い被さるようにまた抱き締められた。彼の溜息が私の首筋に当たって、私の意思とは関係なく艶かしい声が漏れてしまう。やだ、はしたない、そんな事を考えた後に大倶利伽羅さんは何故か、私の首筋に口を近付けた。

「ぇっまってくださ、やぁ…っ!」

「ん…………っ悪い。多分跡、ついた」

「ぅ……っん、え、えぇ……!?」

ちゅ、とあの独特な音を響かせたと思えば、サラリとそう告げられた。首筋だと、私からは鏡でも見ないと跡がついているのか分からない。そもそも今は停電中で分からない事だらけだと言うのに、しかも一振さんがいない時に何をしているんだと罪悪感にも似た感情を覚える。また一振さんに言えない秘密が出来てしまうとどうにも出来ない感情に悩んでいると、私の思考を攫うように頬に手が伸びてきた。頬に触れられると、大倶利伽羅さんの大きな手が私の顔をなぞって、どうにも胸がきゅんとしてしまう。

「………その顔、やめろ」

「わ、私、変な顔してました……?」

「違う。…………逆に、止まらなくなる」

「っ!?」

大倶利伽羅さんの言葉に吃驚すると同時に、突然上から当たる光に一瞬目を瞑った。パチパチと瞬きをしながら目を開くと、丁度停電が終わったらしく部屋は先程の暗闇と打って変わって明るくなっていた。点いた……、と呟くと、大倶利伽羅さんの視線が上から下に下がる。私と視線が交わったのをお互い確認すると、今のこの体制とついさっきの言葉が頭の中でリピートして、じわじわと身体が熱くなってきた。

「あ……わ………わ、私、ううう見ないで下さい!!」

「は、………?おい、」

「だだだめです見ちゃだめです!は、恥ずかしい……っ」

動き出せそうにも無かったので両手で顔を覆って大倶利伽羅さんにそう訴える。絶対顔赤いと確信持って言えるこの状況、恥ずかしくない訳がない。と色々限界点まで来ている私の両手は、その後すぐに剥がれた。勿論大倶利伽羅さんによって。

「…………赤いな」

「あ、当たり前です…!こんな、こ、こんなドキドキする事して、こうならないなんて無理です………」

「そうか。………俺と、同じか」

「……ぁ……え?」

ふと、予想外の言葉が聞こえたと思うとスッと大倶利伽羅さんは私の上からいなくなった。今の言葉はと考えていると、玄関の方からガチャッと扉の開く音が聞こえる。一振さんが帰って来たと思うも、私はすぐに動く事が出来なかった。そればかりか、頭の中に浮かぶのは大倶利伽羅さんのことばかり。そんな私の事を現実に引き戻すのは、張本人の彼だった。

「…………んっ」

「………しっかりしろ。もう、怖くないだろ」

「ーーーっは、はい!もう大丈夫です!!」


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