7.眠る君に秘密の愛を

「うー……雨酷すぎます」

雨の音が建物の屋根に当たり音を響かせる。そんな様子を複雑な気持ちで眺めた。私は建物の中から中々動く事が出来ず、100円ショップにでも寄るかどうしようか悩んでいた。朝はまるで雨の匂いを感じないほどの晴天だったのに、夕方の今では大雨の始末。さすがにずぶ濡れで帰るのには気が引けるし、かといって止むまで待ってたら何時になるか分からない。家に誰もいなければ何をしても良いけれど、今は大倶利伽羅さんと一振さんがいるのだから早く帰らないと。……と、色々考え結果傘を買いに行く事に決めた。

「お待ちください、主」

「うん……?……えっあ、ひ、一振さん!?」

「はい。お待たせして申し訳ありません、中々に雨が酷かったものですから駅に来るまでに時間がかかってしまいました」

「あ、あの、全然良いんですけど……こんな日まで迎えは大丈夫ですよ…?風邪を引いてしまったら、大変です」

「いえ、こんな日だからこそ、ですよ。私達の事はお気になさらず」

お持ちします、と一言添えて私の両手に持つ荷物が一振さんの手に渡される。あ、と思った瞬間には既に遅い。私が両手で持ってやっとだったのに、一振さんは軽々と片手で持つ所を見ると、男のひとなんだって思う。こんな細い身体の何処に力が、と考えつつありがとうございます、と感謝を述べると当然ですよと綺麗な笑顔で告げられた。

「では、帰りましょうか」

「はい。…………あ、傘買わなきゃいけないんです」

「問題ありませんよ?傘はほら、此方に」

「えっま、まさか!」

流れるように傘を傾けられ、反射的に受け取ってしまった。空いた彼の手は私の肩を抱き寄せ所謂相合傘が完成した。緊張の面持ちの私とは裏腹に、一振さんはこの雨天にも関わらず何処か嬉しそうな表情をしている。そのまま足を一歩踏み出せば空から溢れる雨は私達の傘に音を奏でた。一振さんが濡れないように傘を傾けようとすると、彼は私との距離を縮める事でそれを無しにしようとする。それがどんなに私の心臓に影響を与えているのか、ただでさえ近い距離にドキドキするのに逆らえないこの状況。大倶利伽羅さんが見たら、どう思うんでしょうか。何だかいけないような事をしている気分が、私の思考を溶かしていく。結局考えるのはあのひとの事なんて、一振さんに失礼だ、私。
「大倶利伽羅殿とは、まだこれはしておりませんでしたか?」

「そ、そうですよ」

「では、先手を打てたと言う事ですね。………この事は、二人の秘密ですよ」

「…は……はい…っ!?」



「っくしゅ…!」

実は一振さんが来る前、駅から近い建物まで走って移動したからか、家に着いた頃にはすっかり冷えてしまっていた。最初はすぐ止むだろうと思っていたからのこの失態、向こうでも一回熱を出してしまったからには、二度目はなりたくない。元々健康体だからか、一度体調が悪いととことん悪くなってしまうのも面倒な話。ただいま、と家に入り呟くと、大倶利伽羅さんが静かに出迎えてくれた。

「風呂、沸いてるぞ」

「えっあ、ありがとうございます!私が一番最初で大丈夫ですか…?」

「貴女は私達の主なのですから、当然です。風邪を引く前にどうぞ、私はその間にご飯を作っておきますね」

二人の気遣いに感謝し、お言葉に甘えることに決めた私は一番風呂を頂いた。冷えた身体に染み渡るお湯がとても気持ち良い。やっぱり現代のものは良いなあとしみじみ思いながらお二人をお待たせする事のないよう洗い始めた。バスタオルで身を包み洗面所で扇風機を回すと、まさに丁度良い温度を感じた。さあ服を着ようと振り返ると、疲れていたからか、大事な事に気付く。

「(服置いてきちゃったーーー!!?)」

何も考えずにお風呂場に直行してしまったせいで、パジャマを部屋に置きっぱなしだった事に今更気付いた。取りに行かなきゃ、と思いつつこの扉の向こうに大倶利伽羅さんと一振さんがいる事に焦りしか生まれない。でもこのままでは何も出来ない、そう無理矢理自分に言いつけとりあえず扉を開けた。顔だけ外に出して様子を伺うと、一振さんはご飯を作っているのが見える。あの状態なら多分気付かないだろう、そう解釈しバスタオルが落ちないように抑えながら扉から出た。反対側の視線に気付かないまま。

「っ………あんた…何して…」

「えっ……!?お、大倶利伽羅さん!!これにはその、深い事情がっや、やだ、ごめんなさい!!」

後ろから聞こえた声に振り返ると、お手洗いから出てきた大倶利伽羅さんと目が合う。珍しく吃驚した表情の彼の視線を辿ると、自分の今の格好を思い出して羞恥心が最高潮に達した。こんな格好見られるなんて、どうしよう。いたたまれなくなって勢いで謝って自分の部屋に駆け込んだ。恥ずかしい、恥ずかしい。まだ心臓がドキドキしてる、扉を閉めズルズルと膝から崩れ落ちる。座った事で目につくバスタオルが先程の大倶利伽羅さんの顔を思い出させて、また一人で悶々としてしまった。




「おやすみなさい」

「お、おやすみなさい………」

一振さんにそう告げベッドに横になる。今日は、大倶利伽羅さんの日。つい何時間か前の出来事を思い出すと、気恥ずかしさから大倶利伽羅さんの方を見る事が出来ない。いつも向かい合ってたりお互い上を向いていたりといった形で寝ていたけれど、今日ばかりは彼に背を向ける形でいた。少しすると、後ろの方から大倶利伽羅さんがベッドに入ってくるのが分かる。後ろに、いる。そう思うと緊張してますます振り向けなくなってしまった。大倶利伽羅さんは何も悪くないのに、私が勝手に失態をおかしてしまったというのに、ど、どうしたら良いんでしょうか。

「っひゃ…………!?」

突然腰に回る腕に身体が強張る。勢いで後ろに目を移すと、思った以上に近い距離に一瞬息が出来なくなった。

「ぉ、お、おおくり、から、さん……っ!?」

「…………静かにしろ」

その一言が何を意味するのかはすぐに分かった。この部屋にいるのは私だけじゃない、すぐ近くには一振さんがいるんだ。慌てて口元に手を当てて黙り込むと、大倶利伽羅さんは私の背中にぴったりくっつく形になる。首筋に吐息がかかるのが分かって身体が固まってしまう。呼吸すらままならないこの距離感に、彼は一体何を伝えようとしているんだろう。

「一振には、見せたのか」

「……っみ…見、せて、ません」

「…………ならいい」

はあ、と後ろから溜息が零れる。よく分からないけれど、とりあえず怒ってなさそうな事を確認し、恥ずかしさを抑えながら大倶利伽羅さんの方に向き直った。向かい合うとまるで抱き締められているように包まれる体制になるのは、もう自然な流れになりつつある。いつもはクールな大倶利伽羅さんがこうして甘えた様に接してくれるのは、きっと私にだけなのではと錯覚してしまう。色々な思いが混ざり合ってドキドキして、小さな声だったけど、ぼそりとごめんなさいと告げた。

「分かってるなら良い。…だが、」

「な、何ですか……?」

「あれは、あんたとの秘密だ」

「へ………え…っ!?」

その日は、二人と秘密を共有した日でした。


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