6.誰にでもスキだらけ

「主、朝ですよ」

「ん、うーん………ぁ、あと五分……」

「……………はぁ」

ベッドで布団に潜りそんな事を言うのは、正真正銘俺たちの主、……の筈だ。この世界に帰って来てからは安心しきっているのか、向こうより確実に呑気で無防備なのが増した。今も一振があんたを揺すって起こしているのに、呑気な顔であとごふん、と告げまた眠りに入っている。思わず溜息が零れるのは仕方ないだろう。

「おい、あんたの言う5分、とっくに過ぎてるぞ」

「……え……え?ご、ごめんなさい寝すぎました………ふふっ」

「何が可笑しい」

そう問えば、手で乱れた髪の毛を直しながら俺に視線を向ける。今日初めて合わせた顔は、何もしてないのに笑顔だった。視線が交わったと思えばあんたは俯き気味に、朝起きたら大倶利伽羅さん達が目の前にいるのが嬉しくて、と呟いた。部屋を離れた一振には聞こえなかったからか反応はない。俺は、あんたに不意にそうやって言われるのは、好きじゃない。

「………顔上げろ」

「はい?、ん……っ!」

不意打ちをくらった事に少しだけ苛つきそのまま勢いであんたの口を奪った。これには流石に刺激があったのか目を見開き顔を赤くしている。……その顔を見たら、さっきのはどうでもよくなった。そう思って離れると、手の甲を口元にあてながら俺に聞き取れない声量で何か呟いていた。それを聞き出そうとあんたの頬に触れると、タイミングが悪いのか洗濯物を持ってきた一振が部屋に戻ってくる。あと、もう少しで聞き出せたっていうのに。

「本日は良いお天気ですね。……目は、覚めましたか?」

「さ、覚めてます!バッチリです!すぐに着替えてきます!!」

急ぎ足で服を持って洗面所に向かうあんたを目で見送ると、俺を睨みつける視線を嫌味なくらいに感じた。案の定一振が笑いながら俺に近付いてくる。……こいつ、どんだけ殺気出してんだよ。変な事に巻き込まれないように離れようとすると、逃がさないとでも言うように俺の肩を掴んできた。

「大倶利伽羅殿は随分と執着しておりますが………今は三人で過ごしているのをお忘れなく」

「………………」

「あ、あのー、着替え終わりましたよ…?」

「はい、では此方を一緒に干して頂けますか?」

「もも勿論です!」

その後はさっきの仕返しとでも言うべきか。家事全般を二人でやり、時折一振は見せつける様に俺を見てくる。それが無性に苛々して、散歩と称しまた外に出る事に決めた。今は居心地が悪い、玄関に足を運び靴を履こうとすると、いつの間に一振と離れたのか、あんたがすぐ俺の後ろにいた。

「大倶利伽羅さん、お出かけですか?」

「………散歩だ」

「あ、あの………気をつけて下さいね。何かあったらすぐ携帯で連絡して頂ければ、私すぐ行きますから」

「…心配しすぎだろ。そんな遠くに行く訳じゃない」

そう告げ靴を履き終えると、恐る恐るあんたの頭を撫でた。抵抗しないって事は、嫌じゃないって事だ。その事にどこか満足感を感じ朝と同じ様に頬に手を滑らせた。俺と違い柔らかい皮膚の感触に胸の奥が熱くなる。このままあんたと一緒に抜け出して、何処か遠くに行くのも悪くない。そんな事を考えて欲望に流されるのを抑えながらあんたの赤い唇を親指で撫でた。少し向こうには、一振がいる。それが妙に刺激を与えているのかもしれない。所詮バレた所で俺に減るものはないし、あんたが俺を求めているのも一目瞭然で一石二鳥だ。その証に、あんたはこの続きを求める様に瞳を潤ませる。赤い頬は、美味そうに俺を誘うんだ。

「っ……いって、らっしゃい…」

「………ああ」

もどかしさを感じながら、触れ合うだけの口付けをした。離れた瞬間、離れたくないと強い衝動に駆られる。本当に、一々反応するあんたは見ていて飽きない。締めに再度頭を撫でれば、向こうでいつも俺達に言っていたあの言葉を向けられた。いってらっしゃい、その言葉にむず痒さを感じつつ、嫌な気持ちは微塵にも感じない。パタンと閉まった扉を背に、色々と思い息をはいた。



「流石に妬けますな」

「へ…?一振さん、どうしたんですか?」

「いえ。貴女を独占したつもりでも、まだまだ足りないなと思いまして」

「ど、独占って…!」

夜ご飯の支度を二人でしていると、不意に大胆発言をされて手が止まった。ただ野菜を洗っていただけなのに、どうゆう流れでそんな話が回ってきたのか私の頭では分からない。恥ずかしくなって野菜を洗う事に集中しようとすると、私の手に一振さんの手が重なる。意識を戻した瞬間、後ろから一振さんに抱き締められている事に身体が熱くなった。振り向きたくても、密着するように一振さんの存在を近くに感じて身体が固まったように動けない。耳元に感じる彼の吐息が、私の思考を停止させる。

「…………っはは、」

「ひ、一振さん………っ?」

「スキだらけ、ですよ」

「ひゃっ……?!ごご、ごめんなさーい!!」

軽いリップ音を響かせて耳元に寄せられたそれは、間違いなく一振さんからのキス。耐えきれず野菜をシンクに落としてしまうと、まるでタイミングを読んだかの如くドアが開く音がした。恐る恐る振り向いてみると、一振さんは愛でるように私を見つめる。そんな顔で見られたら、ドキドキ、してしまいます。大倶利伽羅さんが、すぐ近くにいるのに。

「今の生活も、悪くないと思ってしまいますね」

「…………戻ったぞ」

「ああ、おかえりなさい。大倶利伽羅殿」

「おっおかえりなさい…!!」

でも、私も今の生活が、悪くないって思ってしまいました。


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