2.この身は君しか愛せない

最悪だと、思った。

突然、物音がしたと思いあんたの部屋を見てみれば、そこにあったのは蛻の殻。まるで初めからあんたなんていなかったんじゃないのかと錯覚するくらいには、分からなかった。何でいないんだよ、そう零れた声は自分でも酷く情けない声だった。何かを感じ取った他の刀剣共が、わらわらとあんたの部屋を見て絶望する。怒る奴、泣き出す奴、まだ理解出来てない奴。何十人もいる刀剣の反応は様々で、でもそんな事はどうだって良かった。あんたがいないなら此処にいる必要なんてないのだから。

「…………何処に行くんだい」

「お前には関係ない、光忠」

あんたの前では絶対に見せない、格好悪い顔をしていた。どこか苦しそうに俺を呼び止め、腕を掴まれるとムカつく程に力が入っている。離せよ、と言ってみせれば嫌だね、と言われ更に苛々した。チッと舌打ちをし一旦足を止めてやれば、漸く腕が離される。何だってこんな嫌な空気の中にいなきゃいけないんだ、そもそも俺は誰とも馴れ合うつもりはないし、死に場所だって俺が決める。こいつらの命令になんて構ってやれないんだ。…それなのに、あんたの話題を出されると、分かっているのに胸が苦しくなる。どうせあんたは、もういないんだろ?

「此処で逃げたら、きっと悲しむ。それが誰の事を言っているのか、分かっている筈だよ」

「俺が逃げるだと…?悲しむもなにも、もういない奴の事を考えてどうする」

「でも、まだ帰ってこない訳じゃない。否定は出来ないでしょ」

少しだけ笑ったこいつが、少しだけ羨ましいと思った。帰ってくるなんて、そんな確証のないものを信じていいのか。迷いが脳裏を過って、此処を去る決心が少しずつ鈍っていく。ふとあんたの部屋を見ると、あんたの顔が浮かんだ。いつも呑気で、どんな奴にも笑顔を振りまいて、そのくせ鈍すぎる。無自覚で、無防備で、でも、どんな顔も嫌いじゃない。傍にいてほしいと言われたあの日から、ずっと傍に居続けるつもりだった。声には出さなくても、あんたは分かっているかの様に笑顔を俺に向けてくる。それが、もう二度と来ないなんて、おかしい。俺は、そんなの認めない。

「………………他の奴らは、もう諦めているんじゃないのか」

「ひとりが諦めていなければ、大丈夫だ。俺たちで此処を守ろう、主が俺達にくれた………この家を」

「…………分かってる」





結構な日数が経った。でもあんたは、まるで帰ってくる気配を見せない。それでもあんたがいなくなってから、誰も本丸からいなくなろうとする奴はいなかった。最初こそ俺を含め加州、和泉守、上げたらキリがないくらい、出て行こうとしていたなんてあんたは知らないんだろう。俺達の苦労も知らず、今何をしているんだよ。俺に、見せてくれ。会いたいんだ、こえがききたい、小さな身体を、壊れるまでに抱き締めたい。あんたを、感じたい。本当は、あんたがいなきゃあいつらはとっくにいないんだ。あんたがいたから俺達は此処にいられる。たった一人いないだけで、穴が大きい。

会いたい…………っ

「………………何だ…?」

ふと物音がして振り返ると、そこにあったのは見た事もないカラクリだった。薄くて、小さいそれから、少しだけ甘い香りがして恐る恐る近付き拾って見た。まじまじと見ていると、妙な突起物のような物があったのでとりあえず押してみることにした。突然光る薄いカラクリは、俺のこの苦しみを消し去るには十分なものだった。あんたが、いる。周りの奴らは知らないが、見間違う筈がないこの人物を見せる用途も知らないそれを握り締めた途端、目の前が真っ白になった気がした。だが不思議と、恐怖も嫌な感じもまるでしない。それは多分、あんたに会える予感がしたからだ。この流れに逆らうつもりはない、早くそこに行って、あんたを取り戻す。もう俺は、あんたの為に生きると決めたのだからーーー。

「すぐに、行く」

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