1.今でもあなたが好きです

昨日寝た時とは違う布団の感覚に、でも何処か覚えのある感覚に違和感を感じた身体が私の意識を現実に引き戻した。寝ぼけた頭で手を適当に動かせば、思い通りの物を掴む。そう、此処には私のお気に入りのぬいぐるみがあって、それでその横にはーーーあ、れ。どうして知っているんだろう。おかしい、だってこの世界には時計なんてないしぬいぐるみだってこっちの世界には連れてこられなかった。一緒にきたのは私の洋服とか日常生活が出来るくらいの細やかなものしかなかったのだから。でもこの感触は、私は、今。


「っきゃーーーーーー!?」

けたたましい音が耳元に流れ、眠気なんて一瞬で吹っ飛ぶくらいの勢いで飛び起きた。慌てて携帯のアラームを止めると、止める、と…………?どうして、携帯がここに。バッと辺りを見渡してみると、そこに見えたのは私がかつて見慣れていた景色があった。ふかふかのベッド、手に馴染む携帯、着ている服、何もかも、前のまま。まるでこの長い間の出来事なんて何もなかったかのように静けさが私を包み込む。うそ、と呟いた一言はすぐに部屋の中で弾けて消えた。気づけば時間が経っていて、スヌーズを告げる私のアラームが再度音を響かせる。それをまた消して、やっと今何が起こっているのか理解し始めた。

此処は、私が元々いた世界。始まりは、今の世界の昨日の夜。私が長い間向こうの世界にいたのにも関わらず、この世界はたったの数時間しか経っていない。どうして私が元の世界に戻ってきたのかは分からないけれど、本当は喜ぶべきなんじゃないのかって考えた。…………でも、折角あのひとと、想いが通じ合えたのに。それに、他のひと達も取り残して呑気に私は何も告げず帰ってきて、無責任すぎる。そんな想いが元の世界に戻ってこれた喜びをマイナスの方まで下げていく。どうして、今なの。そんな問いは誰も答えを教えてくれない。

「折角、あのひと、と…………っあ、れ」


あのひとって、誰だっけ?


ドンっと鈍い音を立てて携帯が床に落ちる。他のひとも……………やっぱり思い出せない。私が違う世界に行ったこと、長い間そこにいたこと、好きなひとが、出来たこと。大まかなことは覚えているのに、一番大事な事が靄がかかっているみたいに思い出せない。おもいださなきゃ、そう思うも元の私の世界は生憎と暇な時間は無かった。今は早く準備して行かないと、と重たい身体をベッドから離す。本当は今すぐにでも思い出したい、大切なひと。靄の先、あの褐色の肌、腕に彫られた、竜。貴方は、だれ?






「ただいまー…………ってきゃあ!?」

今日はとにかく叫んでばっかりだ。自分の家、正確には借りた部屋、だけど今は私の私物が詰まった部屋に足を運ぶと、私の物ではないものがあったせいで、盛大に転んでしまった。いたた、と足を摩りながら原因のそれを見やると、見慣れない服が綺麗に畳んであった。1着だけ、ポツリと置かれたそれは何となく見覚えがある気がして手を伸ばす。見た所ジャージの上下セットだった。私、こんなの持ってない。でも覚えがある、その考えで一つの選択肢が浮かんだ。これは、向こうの世界のもの。

「………そうだ、私、知ってる…。これは、あのひとの」

彼が着ていた。そう、大好きなひと。内番とかの時はいつも皆動きやすい服に着替えていて、ジャージが結構多かったっけ。恐る恐る上のチャックを下ろして広げてみると、大きい、と思った。男女の差が目に見える形で表現されたそれを見ると、切ない気持ちになった。あともうちょっとで、思い出せそうなのに。

「…………っ……ぶかぶか、です」

袖は余って、チャックを上まで上げたら顔が半分くらい余裕で埋められそうな位、大きかった。それと同時に、あのひとに抱き締められてるような錯覚がする。あいたい、あえない、あえなくても、こえがききたい、そのすがたをみたい、もう一回、抱き締めて、キスしてほしい。想いが溢れて止まらないって、こういう事を言うんだって、分かった。ちょっと前まで覚えてたひとを忘れてしまうくらいには最低な私だけど、でも心はちゃんと覚えてる。苦しいって、寂しくて辛いって。一人暮らしが嫌なんじゃない、貴方がいないから嫌なの。どうかこの想いに、誰か耳を傾けて下さい。

「会いたい…………っ」

ジャージから香るこれは、間違いなく彼のもの。愛しいひと、貴方に会えるのならば、もう一度向こうの世界に行きたい。思い出して、好きって、何度でも伝えたい。涙が服を濡らしても、貴方に会えないのならこんな涙枯れちゃえばいい。だから助けて、私の王子様ーーーー。

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