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やがて零距離に変わる


「……………」

「眠いのなら、あまり無理をするのではない、身体に響く。…鈴羽」

「ケント…眠く、ないから…作業集中して、良いよ…」

薄くとしか開かない瞳に苛立ちを多少感じながら朦朧とした視界の中でただボーっと寝ない様に目の前にある机を睨みつける。別に机の上に何かあるわけじゃない、何もないけどとくに何もないから机を見てるだけで。意識しないと今にも夢の中へ連れて行かれそうになる。

「(此処で寝たら、また迷惑かける…)」

此処は数学研究室であり現段階ケントの私室化しているのは事実だけど。それでも大学内で無防備に寝るなとつい最近ケントに言われたばっかりで。無理をするなって言うのは寝ても良いじゃなくて早く帰って寝た方が良いって言うアドバイスなんだと思う。でも私はそのアドバイスを受け入れたくない、帰ってもつまらないし、何よりケントと一緒にいる時間を、減らしたくない、なのに。

「ん……………」

「………………」

気持ちとは裏腹に、私はそのまま目を閉じていて。意識的には寝ちゃダメだと訴えているのにもう頭は寝ている。身体も重くなってきて、向こうから溜め息が聞こえる。ケントが呆れてる…起きなくちゃ、いけない。

「仕方ないな…」

「っけ、ん…………?」

徐に席を立って私に近づくケントに瞳を無理やり開けて見つめる。何処から持ってきたのか分からない何かを私に渡そうとしていて、でも寝ぼけてる私にはぼやけて上手く見えないのが現実。視界が曇った様に遮られてて、ケントの顔も、はっきりとは見えない。

「此処で寝るなと言っても寝るのだろう?風邪を引いてはいけないからな、これを使うと良い」

「ぶらんこ………」

「違うブランケットだ。全く…鈴羽は眠くなると本当に頭が悪くなるな、理解力が著しく下がっている」

「………………ケント」

「何だ?、っ………な……!?」

「ありがとう暖かい……はいおやすみ……」

最早今更ブランコでもブランケットでもどっちでも良い、一番暖かくなれるのは目の前にいる彼だ、お情け程度のタオルよりよっぽど良い、ケントが欲しい。そう思ってゆっくり立ち上がってドンとケントに抱きつく。一瞬にしてケントの身体が少し強張った事が面白くてつい笑ってしまって。多分照れてるんだ、心臓が早くなってる。私は、照れより嬉しいから、心臓が早くなってる。

「っ待て、これでは私の作業が進まないだろうっ鈴羽……………!!!」

「じゃー……膝でも良いよ…」

「鈴羽は良くても私はダメなんだ分かってくれ…!!私にも、限度と言う物があってだな…」

「………限度?」

「…君に、触れたくなるんだ」

今度は私の方が身体が強張る、こうやっていきなり積極的になるから私はいつになっても離れられなくて。いつだって彼に緊張させられる、普段緊張なんて滅多にしないのに。私を離そうと優しく触れていた肩が熱く感じて、思わずケントの服をキュッと握ってしまう。

「(なんか、少しだけ悔しい)」

「………ルウ、まさか本当に寝たのか?」

「ケン…頭、撫でて、あと、ぎゅって、して…欲しい………お願い」

「!いきなり、何を言うんだ君は…まあ、君がしてほしいと言うのなら、………本当に、良いのか?」

「うん、良い。…欲しい、」

上から小さな咳払いが聞こえて、ああまた緊張してるんだと。いつもケントは先に私に了解を得てから色々するし、私から頼んだら少し喜ぶくせにこうやってまだ最初はぎこちないし、でもこういう所が好きだとかもう誰に言ってるのか分からないけど。積極的なケントも勿論好きだけど、大事にしてくれてるんだなって分かるこの時も好き、結果好きしかなかった。

「ん………………」

優しく撫でられて、また再度眠気が訪れる。此処が大学の数学研究室だって事、忘れそうで、ギリギリの精神で変なとこまではいかない様に気をつけないとって、気を張らなきゃいけない位には私にも限度がギリギリなのを彼は気づいてくれているのか。ぎゅっと抱き締められて大きな身体に私の身体はいとも簡単に包まれる。暖かい、こうやってお互いの体温を感じられるこの時が、とても幸せで。

「…好き、ケント、大好き…………」

「っ鈴羽………」

「此処大学なのに、ね。嬉しくて………うん……」

「それ以上は…言わないでくれないか、」

「ケン…?、んッ………!」

不意に離れた身体に疑問を感じて視線を上げると同時に息をする事が出来なくなっていて。いつもは必ず許可を取っていた口付けは今回は違う、何の前触れもなしに触れ合う唇に思わず不覚にも頬が赤く染まる様に熱くなるのを感じる。長くもなく短くもない口付けの後、それでも私とケントの距離はすぐ触れ合える距離。自分でキスしてきたのに、ケントも少し頬が赤くなってる。ああ、やっぱり私は、ケントが好き。

「…今日は、積極的なの……?」

「…そういうわけではない、ただ」

「ただ?」

「自然と、触れ合いたくなってキスを…してしまったんだ。これは意志よりも本能に近いな…すまないな鈴羽、やはり了承も無しには嫌だったか?」

「い……嫌なわけ……ない…むしろ」

嬉しいに、決まってる。だって本能的にキスしたってそれは身体も、心も、私を求めてくれてるって、自惚れても良いの?違うって言われたら爆笑ものだけど、そうだって言われたらどうすれば良い?きっと私は多分、倒れてしまうかもしれない。今までにない位に高熱を出してしまうかもしれない。そうやって、また彼は更に私を溺らせるんだ。お互いの吐息がかかるこの距離で、今凄く泣きそうになってる私がいる。何で、こんなに胸が痛いんだろう。

「嬉しい…だから、もっと……ケンお願い……好きっ………」

「ああ………私も、鈴羽が好きだ」

再度重なる口付けは、やっぱり嬉しくて、痛くて、我慢出来なかった涙が零れた。




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