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導くのは彼の歌


―歌は…好きじゃない。
ダンスも、アイドルも、歌も全部全部。もういらない、無の世界を求めている人だっていると言うのに世界はどうしてこんなにも"音"で溢れているんだろう。

「来週は小テストをする!何、心配はいらねえよ。少し歌ってもらうだけだ」

「(最悪…)」

アイドルも、それを輝かせる作曲家も目指していない私がなんで、何の為にこの早乙女学園にいるんだろう。中学生の時、とくに行きたい高校もなかったから中高一貫の学校に行ったと言うのに。気づいたら訳も分からず正装をさせられ、行き先の知らない電車に乗って、やたら音に関するテストを受けさせられていた。

私の家族は毎日音に溢れている。…と言うより、溢れすぎ、異常。小さい頃からずっと音と触れ合っていたせいで、私は逆に音が嫌いになった。

「(もう辞めたい…歌いたくない)」

実際、嫌いと言うのは少し言い過ぎてる。嫌いじゃなくて、飽きただけ、音に。昔から飽き性だったから、仕方ないとは自分でも思ってはいたけど。
いつも、色んな物に飽きてる。食べ物も、友人も…。

「(その内日常に飽きたりでもしたら、私どうなっちゃうのかな…)」

なんて事を考えて、苦笑いを零した。





「さ、さむ…」

思わずそう声に出して薄着の服の上から腕をさする。やっぱり、夜は寒い。もう少し着込んでくれば良かったと思いつつ、自分の部屋に戻るつもりはない。今ごろ、同室の子が来週のテストに向けて音を奏でていると思うから。

夜の外は、しんみりとしていて…とても静か。静寂が包んでいるこの時間だけが、私が生きている中で一番楽しい時間。
草村の上に寝転んで、そっと目を閉じる。誰も周りにいない、私だけの世界。闇の中…無の音、何も感じない。…はずなのに。


「、君…大丈夫…?」

「っ!?だ、誰…!!」

「あっ驚かせて、ごめん!俺は一十木音也!一応同じクラスなんだけど…」

「一十木…?あ、あの…ギターの…」

名前と、改めて顔を見て思い出す。自己紹介の時に、ギターを弾きながら楽しそうに歌っていた人だ…。起き上がって立っている彼を見上げながら見つめれば、彼は少し微笑んで。徐に私の隣に座り込んだ。

「君…雪橋、だよね」

「…覚えて、くれてるんだ」

「同じクラスなんだから当たり前だよ!…いつも、1人でいるよね?俺、ずっと雪橋と話してみたかったんだ!でも中々タイミングが合わなくてさ、」

「、私に?凄く…物好きなんだね…」

私なんかと話したがるような人なんて、いるとは思わなかった。アイドルも作曲家もとくに目指してないやる気のない態度ばかりとっているから、今まで誰も話しかけてくれた人なんていない。私も、皆と私とでは生きる世界が違うからって迷惑をかけないように誰とも関わらないようにしていたのに。彼は、私の何を見て話したいと思ったんだろう。…多分、物珍しいからかな。

「えっ俺普通だよ!?七海とか那月とかも、雪橋と話したがってるし!」

「…じゃあ、その人達も、物好きなんだね」

「そんな事ないって、本当に話したかったんだよ俺!だから今日こうして雪橋と話せてさ、すっげーラッキーって思ってるんだ!」

「っ……ぁ」

「ん?」

「あ、ありが…とう…」

最近人と関わらないでいたせいで、こういう時どんな反応をすれば良いのか分からなくなる。勝手に赤く染まる顔を見られたくなくて、膝におでこをくっつけながらぎこちなくお礼を言えば、彼は元気良くどういたしまして!と返事を返して。自分から話しかける事が出来なくて少し黙っていると、隣にいる彼が突然深呼吸をする。何をするのか気になって顔を上げれば目が合った瞬間、軽く歌を歌い始めた。

「!…何で、歌うの…」

「…なんか、嬉しくてさ。雪橋って、もっと暗いのかと思ってたんだ俺、でもそんな事なかった!雪橋と話すのすっごい楽しい!だから…歌ってたんだ」

「嬉しいと歌うの?どうして…もう歌はいいよ、私飽きちゃった…」

「でも雪橋は今でも学校にいるよね。それは…本当は歌が好きだからじゃないのかな…飽きたって事を言い訳に逃げたらダメだよ!」

「やだ…受け入れるなんて、怖いだけだよ…!」

気持ちがグシャグシャになって、訳が分からない。音のある世界を受け入れてしまえば今までの自分ではなくなってしまうような気がして、怖い。自分の変化を受け止めるのが凄く怖い。溢れ出る涙はそのままにただ俯いて泣いていれば、隣から大丈夫だよ!と強く言われて。首を振ってムリだと言えば、肩を掴まれて体を起こされた。

「…俺が、傍にいるよ!傍で歌うから!」

「だからっ何で…!!どうして初めて話す人にそこまで入れ込めるの…!」

「っ鈴羽の歌が、好きだから!!」

「……っ!?な、にそれ…全然、分かんないよ…!」

この学園に来て、目標も夢もない私はどちらも目指せるようにとの早乙女さんの計らいで、作曲も歌も両方勉強させられていた。そのせいでいつものテストは二倍の苦労があったけど、何となく適当に作って、歌っていた。そんな歌が、曲が好きだなんて…本当に、これを物好きと言わずに何と言うんだろう?

「雪橋の歌…全部切なくて悲しいものばっかだけど、俺は好きだよ」

「、好きとか軽々しく言う物じゃない…あんなの、ただ何となく作っただけ…」

「それでも、好きだよ」

「………っ!」

歌は、好きじゃない。もう飽きたから、嫌いになったと思い込んで音から離れていたのに。何故かさっきの彼の歌が胸に響いて、熱くなる。飽き性の自分が、また熱を取り戻すなんてめったにない事なのに、彼は私と一回話しただけで私をまた音のある世界へ連れて行こうとしてくる。掴まれた肩が熱くて、涙も、止まらなくて。

「………もう、一回」

「ん…?」

「もう一回、だけ…今の歌、聴きたい…」

「っ!うん!歌うよ、何回だって!!」

そう言って紡ぎ出される歌声は、とっても暖かい。彼の歌声に合わせて小さい声で私も歌い出せば、彼はまた笑って。音のある世界に、帰ってきた様な気がした。





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