指先から感じる熱
「それで、話とは?」
「うん、あのね…トキ、もう何もしなくて大丈夫だよ」
Aクラスの教室から離れて少し歩いた先の廊下で立ち止まり本題を話し出す。いつの間にか繋がれていた右手は解かれていて、今は向かい合う形で話している状況。
「…何の話ですか」
「トキ、何かしてくれてるんだよね?具体的に何してるのかは分からないんだけど…でも、何かしてるのなら、もう大丈夫。私達は…大丈夫。だから、」
「鈴羽…それは、君は気にしなくて大丈夫です。私も、彼がいつまで経っても何もしようとしなかったら動きますが…今はもう、何もしませんよ」
なんだかよく分からない様な、話が噛み合っているようなそうでないような。トキの言う彼って、もしかしてレンの事…?
「レンと、何か話したと…か?」
「私は別に、何もしていませんよ」
「(本当に…不器用な人)…そっ、か」
トキはきっと何かしてくれてる。この話しの流れで気づけない程私はそこまで物分かり悪くないし、表情で伝わってくる。あくまでも何もしてないと貫こうとするその意思が何の為なのか、私には分からないけど。今は、知らないフリをして。
「話は、それだけですか?」
「うん。ごめんね、探してくれたのにこれだけで」
「いえ、大丈夫です。…鈴羽、今夜は大丈夫ですか」
「…大丈夫。今日は、問題ないから」
今日は特に、誰かの部屋で寝かせてもらう予定は出来てない。さすがに自分の部屋でずっと寝ないで誰かに頼りっぱなしなのは、迷惑かけすぎてるから。今日は、一人。勿論こんな事言ったら優しいトキは一緒に寝てくれると思うけど…これ以上、私なんかの事でトキに何かさせられない。
「そうですか…もし、何かあったらすぐに電話して下さい。良いですね」
「うん、ありがとう。じゃあ、今日は帰るね…バイバイ、また明日」
「はい、また明日」
「今日一番の試練…来た」
外はすっかり暗くなって、もう就寝しようかと思う時間。一回電気を全部消してしまったら、あまりにも暗すぎて怖くなったからとりあえず机の電気だけはつけっぱなしにしておく事にして。
「これ…いつも私どうやって寝てたんだっけ…」
ベッドで横になってただ何もせずジッと天井を見つめていても、眠気は全く来る事はなく。仕方なしに起き上がって布団を被りながら体育座りをする。
「っ…眠く、ならない」
むしろ眠くなる所かどんどんと思考がハッキリとしてきて、あれこれまた一人で徹夜とか笑えないよ。誰に支障は与えずとも自分に被害が来てしまう、とにかく、寝ないと…。
「ん…うた…」
どんどん時間が経つごとにつれて、寂しさもどんどん膨れ上がっていって。寂しい、寂しい、一人は嫌だ、誰かと、一緒が良い…。寂しい気持ちを紛らわす為にひたすら歌う、歌っている時だけは、寂しくないから。
「歌に、悲しみを感じます」
「っう…だ、れ?」
「申し遅れました、ワタシはセシル」
「セシル、さん?んや、えと、一体何処から…、っ!?」
振り向けば、そこにいたのは褐色の肌に透き通る緑の瞳を持った誰か。セシルって言うらしいけど、まず此処にどうやって来たのかまったく分からない、だっだって後ろは窓があって開いてはいるけど大人が入れる程開けてない。訳が分からなくなっていればセシルさんはいつの間にか私の目の前まで来ていて、私が被っていた布団をゆっくり下ろす。
「泣いて、いるのですか?」
「…!?な、ななっなにし、て…」
突然伸びてくる指先に思いっきり目を瞑れば、そこに感じたのは私が思った物とは違い、もっと優しくて。ゆっくり目を開ければセシルさんは目元に溜まる涙に触れていた。
「大丈夫、アナタは今、一人じゃない」
「、…でも…っ、」
「ワタシが、傍にいます」
「…う…?っ!ひっ…!?」
スッと顔が近づいて来て何をするのかと思って彼を見つめれば、目元に残る涙に口付けられる。くっくく、口がっくち…が!!?!そのまま私に覆い被さる様にベッドに右足を乗せて来て、軽く押し倒される。
「ややっゃめダメ…!」
「大丈夫…ワタシに、全て委ねて…鈴羽」
「セシルさ…!あ、え」
逃げようと顔を上げれば、綺麗な瞳がすぐ近くにあって。目が逸らせなくなるような、吸い込まれる瞳。視線が重なった瞬間、セシルさんはフッと微笑んで。徐に掌で私の視界を遮った。
「せっせ、し…るさ…え、と…?」
「セシル、と呼んで下さい」
「へ?…セシル…?」
「はい、鈴羽」
視界が遮られてるから、暗くていつもなら怖くて寂しくてたまらない筈なのに、目の前にいるのが分かっているからなのかそれとも遮る手に温もりを感じるからなのか…今はあまり、寂しくない。
「さあ、そろそろ寝ましょう」
「…ま、さか…これで?」
「?はい、…ダメ、ですか?」
「、ふっ普通に恥ずかしいのですが…それに、一体セシルは何処からんぎゅっ!?」
「おやすみ、鈴羽」
有無を言わさず寝ろと言わんばかりにぎゅっと抱き締めてきて、いやいやいや待って待って待って待って私この状態で寝ろと…!?暴れようにももう既に寝息らしき息遣いがすうすうと耳元に届いてきて、起こそうにも視界が暗くてよく分かんないし、とにかく、どうしよう。
「ううーだれかー…レンー…」
最小限の声で助けを求めても、部屋の中だから他の誰かに聞こえるはずもなく。パッと頭の中に浮かんだ彼の名前を呼んでも、絶対に届かない。届いてない。仕方なく諦めて考えるのを止めれば、温もりによって眠気が訪れてくる。
「練習…した、い…よ…」
温もりに負け、瞼が閉じる。そのまま見た夢は内容は覚えていなかったけど、とても暖かい夢だった気がする。
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