仏頂面の直し方
2014/07/17

文化祭も終わり、後は夏休みまで数日過ごすだけになった。これから迎える週末への期待の表れなのか、校内では許される範囲で着崩した制服をよく見かける。ふと近くを駆け抜けて友人へ寄り道を提案する女子生徒が目に入った。夏休みで部活が始まってしまえば、麗しい女子の制服が見られなくなる。非常に残念だ。溜息しか出ない。
残念と言えば、数歩前を行く幼馴染のさくらを怒らせてしまった。その原因は、一緒に出かける約束の日に急用ができたことを伝えられずにすっぽかしてしまった自分にある。かなり久々に喧嘩になったせいか、理由を伝えた辺りから普段は穏やかなさくらにらしくもない仏頂面をされ、それ以来全然口を聞いてもらっていないのだ。
「……ねぇ、ごめんって」
「……もういいよ。僕も大人げなかった」
「そんなことないよ」
やっと口を聞いてもらえた。まともに会話をしたのはかれこれ三日振りだろうか。とりあえずは仲直りの方向に持っていけそうである。
「俺が悪かった。だから、今日行こうよ」
「どこに?」
「買い物。行きたかったんじゃないの?」
 図星なのかまた仏頂面に戻ったさくらの隣を歩くように歩み寄った。中心街に行くためには、家とは反対方向の電車に乗らなければならない。さて、駅に着くまでプランを立てよう。

 目的地である商業施設に来たならば、服や本を見たり、ゲーセンに居座ったりするのが今時の学生らしいスタイルだと思う。しかし、今回はさくらの機嫌を少しずつ整えるのが優先だ。どんな作戦で行こうか。
「人が多いとやっぱり暑いね」
「そうだね。そうだ……アイスでも食べる?」
「さんせーい」
心の中でガッツポーズをする。このままフードコートに誘導すればどうにかなるだろう。アイスが好きなことを利用するなんて罪悪感があるけれど……今日だけは許してくれ。
ええと、約束した日に話していた店はどれだったろう。期間限定のアイス専門の屋台だと熱弁されたせいで、すっかり覚えてしまった。フロアの隅にそれらしいものを発見すると、二人分のバニラソフトを注文する。アイスの基本はバニラかソーダで決まる……これも長年さくらから聞いてきた言葉だ。
「はい、ご注文のバニラソフトです」
「ありがとう。覚えてたんだね」
「もちろん! 早く食べよう」
「うん」
屋台のすぐ近くのベンチに一緒に腰掛ける。早くとは言ったものの、ほぼ均等に食べ進める派なので、コーンを包む紙は邪魔になってしまう。包み紙を先に取らないと面倒だよな。取り忘れて食べていると結構な頻度で取りにくくなってしまうことがあるし……えい、取ってしまおう。
「ええっ……!」
「え? あ、あぁ……」
すっと包み紙を取ると香ばしいコーンの色が見えるはずだった。見間違いでなければ、まだ二枚重なっている。一枚だと感じていた薄さで三枚も重なっていた衝撃はすぐに受け止められるものではない。混乱している自分を見ていられなくなったのか、さくらは落ち着いて、と声をかけた。
「店員さん慌ててたんじゃない?」
 そういえば、期間限定と週末ということで混み合うというのに店員はたったの一人だ。シフトの仕組みはよくわかっていないが、流石に可哀想だと思う。早く仲間が駆けつけてくれますように、という願いを込めてアイスをぺろりと平らげた。
「そうだ、明日の部活で食べる昼飯見に行こう」
「良いよ。何にするの?」
「おにぎりも捨てがたいけど……たまにはパンが食べたいから、パンで!」
ゆっくりと立ち上がり、気付かれないようにちらりと隣を見た。まだご機嫌ななめのように見える。
「自業自得、だよなぁ」
さくらに聞こえるかどうかの声で呟き、溜息を堪えて次の目的地へと向かった。

晩飯のメニューに悩む主婦たちに混じって男子高校生が二人でパンを見るというシュールな光景は貴重なものだと思う。それはともかく、すぐ近くで幼稚園児くらいの可愛らしい少女もパンを選んでいるのが目に入った。断じてロリコンではない、一般的な感情で大変可愛らしいだけなのだ。アクシデントがないように見守っている。そう自己暗示しなければまた誰かの不機嫌を買ってしまうのだ。そうしているうちに少女はパンを手に取り、向こうで惣菜を見ている母親のもとへ駆けて行った。
「ねぇママ、これ食べたい!」
 キラキラとした瞳で母親を見上げる少女の様子を見て妄想が膨らむ。もし自分が結婚し子供が産まれて、あんな日々が訪れるのなら……あの親子が理想かな。子供が女の子なら間違いなく溺愛するし、男の子なら一緒に遊ぶのも面白そうだ。
「だめです」
 せっかく可愛い親子だと癒しを感じていたのに、こうもきっぱり言われてしまうと冷めてしまう。
「えーやだぁ! 食べたいー!」
「さっきお菓子選んだでしょう……今度ね」
「……はぁい」
 なるほど、多分あの子はすでに一度きりのおねだりを使い切っていたのだろう。それならしょうがない。いや、それにしても本当にびっくりした切り返し方をされたものだ。
「数馬? ほら、どうせ餡子食べたいからあんぱんでしょ。早く買って帰ろう。電車混むよ」
「うん。すぐ買ってくる」
 思わず苦笑してしまう。身近な人に頭が上がらないのは、どんな人にも共通なのだ。

「……電車来るまで暇だね。雨も酷いし、雷だけはやめてほしいな」
 そうだよね、電車止まるかもしれないし、雷が苦手だもんね。という言葉はギリギリ喉元で止まった。今は気になってしまった目の前のこれと格闘中だから、申し訳ないけど返事をする余裕がない。
「さっきから何やってるの?」
「いや、ビニ傘の紐が二周できそうだったから、どうにかして伸ばしてるの」
「ふーん。でも、もう少しじゃん」
「そうなんだって!」
ぐっと力んだのが最大の失敗だった。ビニール特有の不規則に広がるような変な伸び方をしてしまった。慎重に、慎重にと新品と相違ないように伸ばしきろうとちまちま頑張ってきたのに。
「きくらげみたいになったけど、まぁいっか。よし……ボタン留まった! うん、めちゃくちゃ細いし鋭い」
「だろうね……そんな、こと……!」
 すかさず顔を逸らされてしまったが、ずっと冷めていた態度が変わったのは見逃さなかった。さくらがやっと、やっと……笑った。
「なーに隠れて笑ってるの! こっち向いてよ!」
「……馬鹿。ずっと笑うの我慢してたのに!」
「何それ、人がずっと反省してたの知ってたろ!」
「当たり前じゃん。長い付き合いなんだから」
 ホームには雨の湿った空気に包まれているが、なんだか晴れの日のように清々しい気分だ。
「もう気まずいのは終わり。また明日来よう」
「明日ぁ? ちょっと待って急だよそれ!」
なんとか仲直りすることができたと安心したらこれだ。でもまぁ……この週末は、きっと今日より何十倍も楽しくなると思う。



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