ふたりぼっち
2014/07/17
高校生になってから初めての春が過ぎる。中間テストが間近の休日は今日で最後だ。結局昼近くに起きてしまったものだから、総仕上げになるであろう試験勉強は昼食後からにしてしまおう。ぼんやりした思考回路で黙々と身支度をしていると、机の上に置いていた携帯電話が愉快な音楽を奏でた。こんな時に誰だろうかと手に取ると、明日また教室でも会える幼馴染からの着信だった。
「もしもし」
「さくら、おっはよ! あ、こんにちは? どっちでもいいかな。ねぇ、午後って暇?」
「そんなわけないでしょ。勉強しないと期末試験やばいから缶詰決め込むよ。数馬は余裕なの?」
「まさか。えっと……さくらの家で一緒に勉強してもいい? 今家に誰もいなくて、静かで集中できるんだけど……寂しいし」
保育園の頃からの長い付き合いだが、数馬から寂しいと言われることは珍しい。どちらかと言えば僕が寂しがり屋な方で、家も近いのに休みの日でさえ一緒に居たがった程だ。今となっては恥ずかしい記憶を掘り起こし、少し顔が火照ったのを気付かれないようにして返事を考える。
「……うちも僕しかいないけど、それでも良ければおいでよ。急いで片付けるからゆっくり来て」
「ありがとう! じゃあまた!」
余程心細かったのだろう。ブツリと通話が切れた後でも嬉しそうに弾む声が耳に残る。早く片付けを始めなければ大変だが……あの様子だと長くて五分後くらいにやって来るだろう。こうなったら自分の部屋に閉じ込めて他の部屋に入れないようにするしかない。携帯電話をベッドに投げて掃除機を取りに行く足を速めた。
予想通りの時間に数馬はノートとお菓子を持ってやって来た。玄関で聞いたところ、教科書やプリントは荷物になるから借りる気満々でいたようだ。気持ちは分からなくもないが……これでは完全にいつものゆるいパターンな気がする。思い返せば今まで散々流され続けてきた自分だって悪かった。今回こそ真面目にスタートを切れるようにするためには……手始めに二人分のコップにジュースを注ごう。テーブルに向かい合わせで座り、その上に用意したプリントの側にコップを置いた。
「ほら、何から始めるの?」
「何でもいいよ。さくらがやろうとしてたやつは?」
「うーん……生物かな」
「わかった。範囲的に暗記が多めだから、それ以外で何かあったら言って」
得意科目がなく、平均的な成績の数馬らしい申し出だった。根っからの文系の自分としては、理系だけは頼りっぱなしなのである。不明な点を先生のまわりくどい解説より、学生目線なりのわかりやすくありがたい解説で教えてほしいと思う。
さて、集中しようと教科書の付箋が貼られているページを開くと、これから勉強する範囲の話かと一瞬疑うような話題を口にされた。
「脳みそって大体1.5キロぐらいじゃん? そうは言われても実感ないというか……軽くない?」
「そうかな。今あけて飲んでる大きめのペットボトルのジュースと同じくらいの重さだよ。つまり、数馬の頭にはジュースが入ってるってこと」
「なるほど! あのくらいの重さが俺の頭に!」
ふうっと息を吐き終えたときに気がついた。人の頭にジュースが入ってるというのは盛大な言い間違いだったと。あくまでも重さの例えだからという弁明をしようと思ったが、当の本人は納得しきっている。それならば……気にしないでおこう。
「じゃあ今から飲むから、脳みそ減っちゃうなぁ。さくら、どうしよう」
「どうもしないよ」
一気に飲み乾したコップを見せびらかすように、わざと困ったような声を出されても今更そんなことを心配するような関係ではない。そうだとわかりきっていたのに数馬は不貞腐れて仰向けに寝転んだ。様子を窺っていると、ごろんとうつ伏せに体勢を変え、部屋の隅に置いたままの未開封の小包みに手を伸ばそうとしていた。
「あっ、それ開けたらお金払ってよね!」
「でも……『ささやかな贈り物です』って書いてあるじゃない。別に良いでしょ」
「請求書入ってるかもしれないんだよ? 最近の通販はわからないんだから!」
「ちっともささやかじゃないよ! 酷いよ! それにしても……最近の通販って、どういうこと?」
「少し前に学校から帰って来て部屋に入ったら、このテーブルにあったんだ。普段から通販なんてそんなにしないし……ほら、詐欺的なものだったら怖いから開けてないんだ」
「ふーん、そう」
興味なさげに呟かれたが、顔は向こうに向いたままだ。仕方がない。今日はもう勉強ができなさそうだ。こんな予定の筈ではなかったという落胆が半分で、こんなにゆったり過ごせる嬉しさが半分という何とも言えない気持ちになる。
「勉強、後からにする? 見たいドラマがそろそろ始まるから見ようと思うんだけど」
「もちろん! やる気を出す前の準備だね!」
「……じゃあ、ささっと居間を掃除してくるから」
部屋の主が出て行った後にそっと型が残らないように小包みの蓋を開けた。中には色鮮やかな包装紙に包まれた箱と手紙が入っていそうな茶封筒があった。茶封筒を手に取り、何か字が見えないだろうかと睨んでみる。
「……歳……誕、めで、……」
まさかとは思うが誕生日祝いではないだろうか。あの警戒の様子だと、知らない振りとサプライズが得意なさくらの両親の仕業である可能性が高い。鈍感なのは昔のままのようだ。
下の階から名前を呼ばれる。返事を済ませると、春の陽気のような温かい気持ちが詰まった小包みを元通りにして部屋を出た。早いところ、請求書が入っているなら詐欺でも早く確かめたほうがいいぞって言ってやらなくては。
休憩と称したドラマ観賞会は、あと数分程で始まるようだ。ソファーの隣に数馬を誘導し、放送前の通販番組を見ることにした。タレントが声高々に最新型の掃除機の性能について紹介している。
「これ終わったら始まると思うよ」
「わかった。にしても……これすごいねぇ。枕とか布団にやればダニも大丈夫なんでしょ?」
「らしいね。最近そういうの多いよね」
「なんだっけ、赤外線でやるんだっけ?」
「……紫外線ね。通信できないよ?」
「あっ」
前言撤回。やっぱり勉強をしよう。決してドラマが終わってからでも遅くはない。呆れた目で隣を見ると、降参したように肩を竦められた。珍しく自分のペースに持ち込んだ優越感に浸りながらドラマのオープニングに耳を傾けた。
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