白い鬼神とペルソナ
2015/10/23

「なぁ、俺、何でこんなトコにいるんだ?」
「私に聞くな。自分の心に聞いてみろ」
「自分の心、ねぇ……」
 今更聞いてみたところでどうにもならねえのにな。何せ俺は死刑になるほどの罪を犯して、この暗く冷たい上に狭い場所に放り込まれてるんだから。
どんな罪かって? 教えられるかそんなもん。いずれ耳に入ってくるだろ。おとなしく待ってな。
「……明日で終わりだな」
 最初から今日まで俺の世話をしてきた不愛想な執行人がぽつりとつぶやいた。何がだなんて野暮なことは言わない。ここに来た時点で決まっていたようなものだ。あと数時間で面倒な仕事から解放されるのを喜ぶべきなのに……こいつなりに憐れんでいるのだろうか。向いていないぞこの仕事。
「ほら、準備しろ……おい」
「何だ?」
「お前は、生きたいと思ったか?」
 不意打ちのような問いだった。
「ふっ……もちろん。生きたいと思っていたからこそ、この手を汚すしかなかっただけさ]
仮面の下から何か言いたげな気配がした。握られた拳が震えている。
「それで? お前は殺したくないのに殺すってか。お互いに皮肉なこった」
大きく外套を翻し、くるりと背を向けられてしまった。月明かりがその白い制服を照らす。届かないほど高いところにある窓からは、少しだけ湿った匂いがした。



 本来は晴れることの多い季節だが、今日は特別強い雨が降っていた。
「これは慈悲の雨だ! きっとあの者の血を洗い流し下さっているのだろう!」
「神よ、なんてあなたはお優しいのだ!」
 公開処刑で奴は昨夜少しだけ話した時のように笑みを浮かべながら華々しく散った。当然ギロチンの刃を動かしたのは私。まだ感触と首をはねた時の音が強く残っている。
「静粛に。只今をもって、大臣暗殺計画の首謀者である罪人の処刑を終了する」
私の宣言後に民衆は今回の一件についての噂話をしたり、冗談交じりに互いを心配しあったりしていた。そんなことはどうでもよかった。罪人を最後まで面倒を見る白い鬼、鬼神と呼ばれる私がこうも体が震えているのはきっと。
「お疲れさん……お前はそのままでいろ。この鬼の仮面をかぶり、正体を伏せておくのだ。鬼神のお前とそうでないお前は別人であることを見失ってはいけない」
「……はい」
 転がった首を見ては、もう少し先の祭りのように再度民衆がどよめきだす。何度か執行はしたが、そのたびに理解できない光景だった。本来ここにある首は奴ではないはずだと知っていたのに、私たちは刃を下ろすことしかできないから。
「死んで良い者はいないとうたわれているのに、この有り様は矛盾していませんか」
「理想と現実の差、世の理だよ」
 彼の仮面からクスッと小さな笑い声が漏れた。
「仕方がない、と一言で片付けられるレベルのことなんだ。俺たちはこれからも仮面をかぶって理想を壊し続けるしかないんだよ、現実を突きつけるために。ただ、お前はやさしいからなあ」
 仮面の中にも雨が入り込んできたようで、寒さもあってしばらく震えが止まらなかった。



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